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通訳キャリア33年の 今とこれから 〜英語の強み〜

2025.10.01

通訳

第22回:通訳・翻訳人生で心に残った案件

皆様こんにちは。もう10月ですね。ようやく涼しくなってきました。
夏になると思うのですが、日本人は年々暑さに強くなっているのではと感じます。私が子供の頃は、30度ならばニュースで、暑くて死ぬ~~~という域でした。今は30度ならば、暑くてたまらないとは感じなくて、27度になると、長袖のカーディガンを持参して外出しようかと思うくらいです。毎年夏に、友を訪ねてシアトルに行きますが、行く前に気候を教えてもらいます。彼女いわく「暑くて大変!」そしてその言葉をうのみにして、日本の夏仕様の恰好をしていくと、27度のシアトルは寒くて、空港からそのままモールへ行って、長袖を買うということもありました。

今月は「通訳・翻訳人生で心に残った案件」です。
皆さんきっと、首相や名だたるCEOの通訳をしたことを思うかもしれません。
それらは緊張を伴う重要案件ですが、今日のお話は、そうではありません。

昔私は北関東に住んでいました。その市の住民なら誰でも知っている地元の英会話教室を通じて、通訳案件を受けていました。ある日、県庁所在地の家裁で行われる親権の協議での通訳を依頼されました。当日車を運転し、指定された場所へ向かい、弁護士、調停人、クライアントとの話し合いが始まりました。
クライアントは日本人男性と離婚の調停中のフィリピン人女性で、2人の間にできた子供の親権をどちらがとるかという調停です。その人は、日常の日本語は問題ないのですが、法廷では通訳が必要だったのでしょう。
母親は、「子供は自分の命にかえても大事なので、自分が育てたい、絶対に離れたくない」という主張です。離婚の原因は、私でも正当な理由は母親の方にあると思ったような内容です。彼女はどんな苦労をしてでも育てあげる、という覚悟と決意を私に英日訳を依頼したのです。私は訳しながら、自分の子供のことを思い、途中で涙が出そうで苦しかったのですが、思いを伝えることができたと思っています。

調停が終わり、通訳料の支払いの時に、「おいくらですか?」という彼女の財布を見ると、1万円札と5千円札、そして小銭が入っているのが見えました。それが彼女のもっている所持金の全額なのではないかと思いました。私は、「いいですよ、お支払いいただける金額で」というと、「今日で足りなかったら、あとでまた支払う」と。ここで無料にするのも彼女の決意とプライドを傷つけるのかもしれないし、あくまでもプロの仕事として受けたので、「それでは、交通費と合わせて5千円いただきます」ということで帰宅しました。
仕事の依頼元の英会話学校のオーナー(信じられないほどいい方)に説明をすると、「そうですか、かえって悪かったですね、ボランティアみたいになって」とうことで、5千円は私がとっておいてほしいということでした。
その後離婚が成立したのか、親権が取れたのか、わかりませんが、国際結婚は離婚すると、親権を取れなければ親子で国を隔てて暮らすことにもなり、会えなくなるのだと、悲しくなりました。

次は重大な罪を犯した少年への精神鑑定の通訳です。心理分析とカウンセリングをするため、日英両国の心理学者のインタビュー通訳です。
対象は数名の少年。鑑定士が絵を見せます。雨の中、傘を持っていなくて困っている男の子の絵です。「この先、この子はどうなると思いますか」という問いに、「(親など)大人が迎えに来てくれる、誰かが傘をくれる」という回答をした少年は皆無でした。そして「家に帰る」と答えた少年もいませんでした。このころから私の胸は苦しくなり始めました。その後、ホールケーキの絵を見せて「これを家族4人で分けてください」と言われると、少年は、まず家族でケーキを食べる様子が想像できない、そして分けるということがわからない、という内容のことを言いました。これはその後「ケーキの切れない非行少年たち」という著書で、世に知られることになりましたが、この時点では、私はそれを知らず、心苦しくなり困惑したことをおぼえています。
少年たちは今までの人生で、特に大切にされるべき子供時代に、ケーキを家族で分けて食べることもなく、雨が降っても家に帰ることがなく、周りの大人が迎えに来てくれたり助けてくれたりという体験がなかったのだと思うと、英訳自体は簡単なものでしたが、訳しながら泣きたくて、とても苦しい案件でした。あの少年たちが、貧しくとも愛情のある親(親でなくとも祖父母でも親戚でもいい)に大切にされて育っていたら、法を侵すことはなかったのではないだろうかと考えて、帰宅の電車では泣くのをこらえるので精一杯でした。

3つ目は、翻訳の案件です。
依頼者は日本人男性で、フィリピン人女性の妻(妻にとっては再婚)は前夫との子供をフィリピンに残して来日して働いている。その子供には障がいがあり、日本で自分の養子にして、適切な治療をし、介護をして大事に育てたいという内容でした。
年収、人柄など全人格や家系を詳細に書いた書類でした。
その本人の著述からは、自分も養子で育って苦労したこと、妻を愛しており、その子が自分の子であろうとなかろうと自分の子として家族として迎えたい。日本の医療を受けさせたい、自分は収入もあり費用は負担できる、是非温情をいただき、養子縁組を許可いただきたいという内容でした。
この翻訳をしているとき、私の心はとっても温かくなり、子を思う親の気持ちが伝わり、落涙をおさえることができませんでした。

これらは、25年以上前のことです。内容は編集していますが伝えたい内容は変えていません。当時は、フィリピン人女性が色々な職業で来日し、特に北関東では日本人との国際結婚が多かった時代背景です。
この話が今日の社会と当てはまらないところはあるかもしれませんが、人間の情や家族やそれにまつわる哀しさは変わらないと思います。
通訳翻訳をしていると、このような人生のタイミングにかかわることもあります。そういった案件は、私にとっては通訳料翻訳料がいくらか、ということは関係なくなってしまいます。1例目は、地方都市の家族経営の英会話学校が依頼元で、通訳は私一人、オーナーとも懇意なので、私の判断での通訳料5千円も問題なく終わりました。オーナーも似たような価値観だったのだと思います。

この3つの案件を通して思ったのは、人生は本当に色々で人間って素晴らしい、そして哀しいということです。
今は都内に住んでおり、専らテクノロジー分野と法律をやっていますし、クライアントは誰でも知っている企業様です。その中でも、人間性が出る案件や、企業のCEOである重荷を感じる案件があり、涙が出そうになることがあります。
通訳はそういう場面に立ち会える光栄を伴う仕事であると、ますます身が引き締まります。
相手が企業であろうと個人であろうと、依頼主様の意思と意図を正確に伝え、私がお手伝いすることでプラスになるようにと願って仕事をしています。

今回は通訳・翻訳のキャリアの中で、特に心に残っている3件についてお話しました。どれも有名人や注目される場の通訳ではないことは、意外でしょうか?
私達の感動や幸せは、小さなことの中に隠れているのだと思います。

ではまた来月、お目にかかりましょう!!

参考文献
宮口幸治(2019)「ケーキの切れない非行少年たち」 新潮新書

相田倫千


大学卒業後、米ニューヨーク州立大学、オレゴン州立大学大学院でジャーナリズム学び、帰国後、ISSインスティテュートに入学。現在はフリーランスの会議通訳・翻訳者として、IT、自動車、航空機、人工知能などのテクノロジー分野と特許など法律のエキスパートとして活躍中。

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