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ISSライブラリー ~講師が贈る今月の一冊~

2020.02.04

スキルアップ

第44回:近藤はる香先生(中国語通訳)

第44回:近藤はる香先生(中国語通訳)

先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー

プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
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今月の一冊は、中国語通訳者養成コース講師、近藤春はる香先生ご紹介の「形而上学(パース著作集)」(C.S. パース著, 遠藤 弘 編, 勁草書房, 1986年)です
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読経は何を言っているかわからないから有難い。どのように読もうとも、経自体の意味や原理は変わらないのだが、「南無阿弥陀仏…」とはっきり文字が浮かぶような読経は講義のようで味気なく、そうでない読経は仏の世界に引き込まれる気がする。

哲学書は敷居が高い。普段はあまり読まない。名言としてよく知られている一言二言の言葉は触れる機会も多く、わかっているつもりだが、1冊の哲学書を系統的に理解することは難しい。

しかし哲学書も読むこと自体は難しくはない。哲学書にみられる抽象的な表現や言葉は「抽象的であればあるほど、経験の一般的規則としても、また論理的原理からの必然的結果としても、構築し易いもの」(「形而上学」p.1)であり、「なるほど、そういうことか!」と悩み続けた問題を一気に解決してくれるようなヒントがそこかしこに盛り込まれ、嬉々として一冊を読み終えることも少なくない。

例えば、同書第一章に「全く新しい習慣は意志を伴わない経験によっては創造されえない」、「筋肉を働かせているようにみえるときも習慣を生み出すのはその筋肉の働きではなく、それに伴う内的な努力、すなわち想像力の働きである」(p.23)とある。これは通訳の練習にも通じる。シャドーウィングをただただ100回繰り返してもスキルはなかなか上がらないが、「話しながら、こまかいところまで聞きとるぞ」、「聞きながら、発音・アクセントを崩さず話すぞ」などと目標や注意点を明確にし、意識しながら取り組むと数回の練習でも確実に効果があがる。スポーツの世界で「イメトレが大事」とよく言われるが、全くその通りである。

ただ、一冊読み終えた時、はたしてその内容をきちんと「理解」していたかというと、答えは「否」である。一節もしくは文単位では“解釈”でき、感動さえ覚えるにもかかわらず、1冊どころか、たった1頁でさえ、まとまった意味や流れを理解することができない。「おお!」と感動し、理解できたと“感じる”文や言葉は沢山あるのに、それはいつまでも「点」のままで、「面」はおろか「線」にもならない。となると、「点」も本当に理解できているのか怪しくなる。

言葉を理解する際、人間は「言葉」以外の助けを借りている。語気や口調は典型的だが、他にも、言葉のもつ音やイメージが生み出す「感覚」が、語義を越えて話者の意志を伝えることもある。芸術家や設計士の話す言葉は「感覚」的で、通訳の現場で頭を抱えるのも決まってそうした「感覚ではわかるけど、ロジックがつかめない」話だ。

誤解してはならないのは、「“感覚”で伝わる=“ロジック”がない」とはならないことだ。音楽や絵画など芸術作品が実は緻密な論理的構成に支えられているように、抽象的な、感覚的な話にもそれを支える「論理」が必ずある。論理的でない話を相手がしているのではなく、「感覚」と「論理」をつなげ、正しく理解する力が自分に欠けているだけである。

分類はあらゆる科学研究の基本だ。そして、「形式に基づくもろもろの区別や分類の方が(中略)諸物の振る舞いを科学的に理解するためには重要」(p.12)である。だから私は『形而上学』を分析しながら読むことにした。「感動」を振り払い、「解釈」をせず、ひたすら一文一文の意味と繋がりを掴んでいく。

感覚的な「感動」、自分なりの解釈を否定するわけではない。それこそ読書の醍醐味だと思う。ただ私は、文字の浮かばない読経を聞きながら、論理をつかめるような境地に至りたい。そして、論理に支えられた「感動」を、論理を感じさせることなく相手に伝えたい。それが私の目指す通訳像である。

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近藤 はる香(こんどう はるか)
横浜市立大学国際文化学部卒業。10年の中国留学を経て、帰国後フリーランス通訳者、翻訳者として活動中。アイ・エス・エス・インスティテュートでは中国語通訳者養成コース基礎科1を担当。
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形而上学 (パース著作集)
C.S. パース
勁草書房
¥ 3,300
(1986-10-01)

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