第55回：柴原早苗先生（英語通訳）

先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー。
プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
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今月は、英語通訳者養成コース講師、柴原早苗先生がご紹介する「自省録」（マルクス・アウレーリウス著, 神谷美恵子訳, 岩波文庫, 2007年）です。
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「いかに仕事に向き合うべきか？」

通訳者になって以来、私はずっとこの問いを自分に投げかけながら、現在に至っています。仕事というのは喜びでもあり、生きがいにもなる。その一方で、苦しいことや逃げたくなるような場面に遭遇することもあります。そういうものだと思うのですね。

私が本書を手に取ったきっかけは、翻訳者が神谷美恵子先生だからでした。故・神谷先生は生涯をハンセン病の精神科医として捧げられ、私は先生の著作から大きな影響を受けました。戦後間もないころ、小さなお子さん二人を育てながら夫を支え、研究への炎を絶やさず、コツコツと歩まれた方です。家計のために英語塾を開いたり、翻訳をしたりという活動を経て、本格的に医師および研究者になられたのは随分後になってからでした。

マルクス・アウレーリウスはローマの皇帝で哲人。民衆のためにいかに国を司るか悩み、実践し、行動を省みることを繰り返していました。「自省録」に綴られているのは、アウレーリウスの金言ばかりです。

通訳の仕事をする上で特に私が感銘を受けたのは次の文章です：

「何かするときいやいやながらするな、利己的な気持からするな」(p34)

私たち通訳者というのは、業務を依頼された瞬間から準備が始まります。難易度の高い案件であれば、モチベーションを高めるのも大変に思えるかもしれません。けれども、この仕事を選んだのは自分。そして、依頼をお引き受けしたのも他でもない自分なのです。ならば、嫌々文句を言いながら取り組むのは、依頼主に対して失礼であり、自分の魂に対しても嘘をつくことになります。通訳業に限らず、どのような仕事であれ、それほど内容が嫌ならば「引き受けない」という選択肢もあります。表向きは良い顔をしてお受けする一方、ベストを尽くせないのであれば、それはお客様に対して不誠実というものでしょう。

上記の文章の後半にある「利己的な気持」も、通訳業務において大切であると私は考えます。「自分はこれだけ拾えた」「これも訳出できた」と思ってしまえば、それは自己満足に終わってしまいます。通訳業というのは、自分の英語力・訳出力を誇示する場ではないはずですよね。「賞賛されたい、ちやほやされたい」といった利己的な気持ちを抱くのではなく、あくまでもお客様のためにならなければいけないのです。

こうした大切な教えを強く強く私にもたらしてくれたのが、アウレーリウスのこの一冊でした。初心に帰るべく、時折読み返しています。

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柴原 早苗（しばはら さなえ）
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNｊ、CBSイブニングニュースなどで放送通訳者として活躍中。ＮＨＫ「世界へ発信！ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当。ESAC英語学習アドバイザー資格制度マスター・アドバイザー。通訳学校にて後進の指導にあたるほか、大学での英語学習アドバイザー経験も豊富。著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」（イカロス出版、2010年：共著）、「英検分野別ターゲット英検1級英作文問題」（旺文社、2014年：共著）。獨協大学の講師も務める。
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