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ISSライブラリー ~講師が贈る今月の一冊~

2021.04.02

スキルアップ

第58回:和田泰治先生(英語通訳)

第58回:和田泰治先生(英語通訳)

先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー
プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
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今月は、英語通訳コース講師、和田泰治先生がご紹介する 「Twelve Angry Men」(Reginald Rose著)です。
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学生の頃から続けている英語の学習法として、「英会話テキストの丸暗記」がある。センテンス単位のストックボキャブラリーを蓄積することが目的で、しっかり声を出して覚えることを繰り返す。この時に、単に暗記するだけではなく、できるだけ登場人物になりきって話すようにする。大袈裟に言えば”dramatization”だ。そのうちに、英会話のテキストだけでなく、映画やドラマのシナリオを使って勉強するようになった。と言っても特段大したことではなく、シナリオを音読するだけで、役者のように動きを交えて演技をしようというわけではない。ただ、できるだけ登場人物になりきり、感情を込めて発話するようには心掛ける。嬉しい、悲しい、怒っている、戸惑っている・・・・それぞれの台詞の内にある気持ちを考えながら声に出すことによって言葉の感覚を自分の体の中に染み込ませることができるのではないか、そんなつもりでやっている。英会話のテキストだけでは、当然のことながらドラマチックな展開はないし、己をさらけ出してぶつかり合うとか、涙を湛えるほど感情が高ぶる台詞や愛を語り合うなんてこともない。だから時々こうしてシナリオの音読をしては、英会話のテキストとは全く違った世界を味わっている。

さて、そんなシナリオ音読に挑戦するために、大昔、初めて買った本が、この”Twelve Angry Men”だ。邦題は「十二人の怒れる男」。もともとは1950年代の戯曲で、テレビドラマ化、映画化もされた。映画版はシドニー・ルメット監督、ヘンリー・フォンダ主演の名作である。ストーリーは法廷劇であり、サスペンスドラマだ。父親殺害の罪で起訴された少年を裁くことになった12人の陪審員の議論が、真夏のうだるような暑さの中、評議室の中で繰り広げられる。12人は、陪審員何番という番号でのみ語られるが、それぞれに生い立ちや現在の境遇などの事情がある。性格も千差万別で、沈着冷静かつ正義感には熱い主人公を中心に、とにかく中立の立場をつらぬいてこの場をまとめようと必死に務める生真面目な陪審員長、気弱だが誠実な男性、被告に対して差別的とも思える嫌悪を抱く気性の荒い中年の男、裁判などには全く無関心で、とにかくこんな一文の得にもならないことなど早く切り上げたいという態度が露骨なビジネスマン、自分自身の複雑な生い立ちと事件との間で揺れ動く移民の男性など、登場人物それぞれの個性が衝突、融合しながらストーリーが進行してゆく。

ボリュームはペーパーバックで60ページくらいなので、読むだけなら一日で読み通せてしまう分量である。英語も口語でわかりやすい。設定が評議室の中での議論のみで構成されているので、座って読んでいるだけでも少しは役者になって実際にお芝居をしているような感覚を味わえる。結末はネタバレになってしまうのでここでは伏せておくが、陪審員制度や刑事司法の根幹を考えるうえでも秀逸な作品だと思う。
時々本を引っ張り出しては通して音読し、映画のDVDを見てはまた音読するということをやっている。

これ以外に持っているシナリオ本は映画が多い。眺めてみると、英語学習者用の解説でよく引き合いに出される作品の「ローマの休日」とか「カサブランカ」、「風と共に去りぬ」などもあるが、「ウエストサイド物語」や「サウンドオブミュージック」、「ゴッドファーザー」などは映画や舞台を何回も観ているのでシナリオの音読は学習を超えた楽しさがある。

他の戯曲で実際に声に出して何度か音読を試みているのが、アガサ・クリスティーの “The Mousetrap”だ。こちらもサスペンスだが、”Twelve Angry Men”とはかなり趣が異なる。泊り客が吹雪で山荘に閉じ込められ・・・・という閉ざされた空間の設定なので、これも音読だけでかなり役者になった気分を味わえる。1952年の初演からなんと2万8千回以上という上演回数を記録していることでも有名だが、やはり昨年は新型コロナウイルスの影響で連続上演記録が一旦ストップしたらしい。

語学の学習方法は無数にあるが、通訳者のように言葉を発話してコミュニケーションをする者にとって、様々な人物になりきり、感情を込めて台詞を喋る映画や演劇を経験することは “delivery”を磨くための最高の手法ではないかと以前から確信している。とはいえ「劇団に入って実際に演劇を」というわけにもゆかない。ということで、時折こっそりと自室で独り芝居に興じている。誰にも文句を言わせずに、グレゴリー・ペックやハンフリー・ボガートになっては悦に入っているわけである。もちろんラブシーンではオードリー・ヘップバーンやイングリッド・バーグマンも自ら演じなければならないのだが・・・・・。

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和田 泰治(わだ やすじ)
明治大学文学部卒業後、旅行会社、マーケティングリサーチ会社、広告会社での勤務を経て1995年よりプロ通訳者として稼働開始。スポーツメーカー、通信システムインテグレーター、保険会社などで社内通訳者として勤務後、現在はフリーランスの通訳者として活躍中。
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