ISSライブラリー ~講師が贈る今月の一冊~
2021.11.09
スキルアップ
第62回:目黒智之先生(英語翻訳)
先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー。
プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
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今月は、英語翻訳者養成コース講師、目黒智之先生がご紹介する『わかったつもり 読解力がつかない本当の原因』(西林克彦著, 光文社新書, 2005年)です。
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日英翻訳を主なフィールドとするフリーランス翻訳者になり20年近くが経ちました。アイ・エス・エス・インスティテュートで教鞭を執るようになってからも丸10年。経験豊かな翻訳者のはずです。それでも、入稿したての原稿を一読しただけでは、その翻訳が難しいのか、楽なのかの見極めは今なお難しく感じます。同じことを、師と仰いだ文芸翻訳の大御所からも、本校の受講生の方々からも聞きます。
「やってみたら、思っていたより難しかった」
内容も理解している。文章構成も、原稿の用途も、執筆者も想定読者も把握している。それでも、キーボードを叩く指がピタリと止まる。
これが文章を読むとき、とりわけ母語で文章を読むときに陥りやすい、「わかったつもり」という状態です。「わからない」のではなく「わかった」状態だからこそ、浅いわかり方から抜け出すことが困難になるのだと本書は指摘します。
日常生活では、この「なんとなくわかった」状態で物事が進むことも稀ではありません。本校の受講生の方々も、TOEICや英検で優秀な成績を挙げているにもかかわらず、「なんとなくわかった」まま英語に訳してくることがあります。英語ができないのではなく、原文を読み切れていないケースがほとんどです。もう一歩深く、原稿を理解したいものです。
主語や目的語がなくても成立してしまうのが日本語です。ビジネス文書だと執筆者も文章の達人とは限りません。社内用語だらけの文章も珍しくない。それでも、母語で十分に理解していないものを、外国語で表現する。これは無謀です。
本書は日英翻訳の立場から言えば、母語である日本語の読み込みを深める上で有益な一冊です。さまざまな「わかったつもり」を分類し、それぞれの原因、対処法を示しつつ、文章を深く読むのに必要な姿勢、ものの見方を身に付けるヒントを与えてくれます。
例文は小学生の国語の教科書など(一見すると)平易な文章ばかりですが、自分がいかに「なんとなくわかった」だけで読んだ気になっているかを思い知らせてくれる本です。なるほどと思わせてくれると同時に、文章を深く理解しようと努めつつ読むので、疲れる本です。しかし、ここで改めて、母語である日本語との向き合い方も見直してみてはどうでしょう。高い外国語能力をお持ちの方が増えていますが、その能力をさらに活かす一助になることと思います。
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目黒 智之(めぐろ ともゆき)
神戸大学大学院経済学研究科修士課程修了。アイ・エス・エス・インスティテュート英語翻訳者養成コースを経てフリーランス翻訳者に。専門は財務・IR、労使関係、社会科学全般。現在はフリーランス翻訳者として官公庁や新聞社、出版社などから依頼される日英・英日翻訳業務に携わる。
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