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会社辞めて地方に移住して翻訳始めて兼業主夫とイクメンやってみた

2024.11.01

翻訳

第6回:翻訳業と家事・子育ての両立・・・その理想と現実

第6回:翻訳業と家事・子育ての両立・・・その理想と現実

今回からは「職業人」としての翻訳業と、「家庭人」「生活人」としての家事・子育ての両立を取り上げます。今回はまず、私が思い知った理想と現実のギャップから。

夫婦のキャリアも家族の暮らしも

私が翻訳の道に進んだのは、この連載の第3回で触れた「3つの好き」「3つの得意」(英語・日本語・調べ物)を生かせる職業だと考えたから。一方、結婚に伴い前職を辞めざるをえなかった妻は、資格と経験を生かせる仕事を見つけて2年前に再就職していました。

それぞれが好きな仕事を始めたところだったので、双方のキャリアを等しく大切にしながら、協力して家事・子育てを回していくことを目ざしたのは自然なことでした。でも、それが結果としてどんな状況を招くのかは、スタートの時点でまったく見通せていませんでした。

翻訳業ゼロ年目――そして、平日兼業主夫になった

私「それぞれの夢を目ざそう!」
妻「お互いにガンバろっ!」

産休・育休を取っていた妻は、子どもが生後6か月を過ぎたところで職場に戻りました。その日から少なくとも平日は、在宅で仕事をする私が家事・子育ての大半を担うことになりました。平日兼業主夫としての生活の始まりです。

当時の基本的な生活パターンは、次のようなものでした。

□平日――妻が通勤途中に子どもを保育園に預けます。二人を送り出した私はすぐに掃除・洗濯・食器洗いなどを済ませて、日中は翻訳業に専念します。夕方になると食事を準備し、午後6時ごろ子どもを保育園に迎えに行きます。妻の帰宅後は二人で家事と育児に当たりますが、翻訳作業が残っている日は、夕食後、私だけ仕事部屋に戻ります。

□休日――仕事や用事がなければ夫婦で家事を片付け、それから買い物や遊びに出かけます。週末の料理は基本的に妻の出番です。

この時の私はまだ料理の経験がほとんどなく、子育ては当然ながら未経験でした。

そこで、料理については食材の宅配業者を利用し、そのテキストどおりに作ることで料理を覚えていきました。かつてヒットした翻訳書にならえば、「料理に必要な知恵はすべて○○ケイのテキストで学んだ」というところです。

一方、子育ては『たまひよ』系の育児雑誌や育児書を頼りに、授乳(もちろんミルク)、おむつ替え、入浴、寝かしつけから離乳食の世話や読み聞かせまで、文字どおり何でもやりました。元祖(?)イクメンとして、子どもが小中学生になってからも含めて、妻を“手伝う”のではなく妻と“手分け”して子育てをしてきました。

もちろん、何が起こるか予測不能の子育てと、誰にも代役を頼めないフリーランスの翻訳業を両立させようとするのですから、毎日が綱渡りのようなものでした。でも、納期さえ守れば自由に作業スケジュールを決められるのが、この仕事のいいところ。翻訳業だからこそ夫婦がそれぞれ好きな仕事を続けながら、日々成長する子どもの姿をそばで見守り、支えてこられたのだと思います。余談ですが、この経験を仕事にも生かそうと思い立ち、当時は珍しかった“男の子育て”がテーマの洋書を探し、出版社に翻訳企画書を送ったこともあります(残念ながらボツ)。

さて、先ほどの基本的な生活パターンを常に守れていれば、私の仕事と妻の仕事、そして家事・子育てがバランスよく噛み合う理想的な日々が続いたのかもしれません。でも、現実はそれほど甘くはありませんでした。

やがて始まった残業・休日出勤・宿泊出張

妻「出張が入った。たぶん2泊」
私「え~っ! 3日間もワンオペかいっ!?」

育休明けのソフトランディングの期間が過ぎると、妻は本格的に職場に復帰していきました。そうなると組織の一員として残業や休日出勤、宿泊出張が入り、時には職場の付き合いもあります。キャリアを築いていこうと思えば、いずれも避けては通れません。

一方、前述のとおり、私は平日の日中に翻訳業務をこなし、それで足りない時間を平日の夜と休日に補っていました。妻に残業や休日出勤が入れば、その分、私の仕事時間が削られます。

ましてや妻が宿泊出張となると、平日でも、保育園がある日中を除いて私が一人で家事と子育てをしなければならず、保育園が休みの日曜日に出張が重なれば24時間ワンオペです。宿泊出張は年に数回あり、一度は6日間ということもありました。妻に出張の予定がある時、私は翻訳会社と調整して割当量を減らしてもらうか、納期に無理がない案件を選ぶことで対応していました。

もちろん、逆の場合もありました。私が上京して翻訳会社を訪ねたり、締め切り前の数日間を仕事部屋にこもったりすれば、しわ寄せはすべて妻に行きます。平日は無理やり仕事を切り上げて子どもの迎えや家事をこなすことになりますし、せっかくの休日も一人で家事や育児に追われて過ぎてしまいます。

翻訳業6年目――ついに転勤

妻「新しいプロジェクトのために春から○○市に転勤になりそう」
私「ぎょぎょっ! 毎日、早朝に家を出て夜遅くに帰宅ってこと? 何年くらい?」

さらに、勤め人には転勤が付き物です。転勤を通じてさまざまな職務や職位を経験することも、キャリアを積む上で大切なステップです。

妻は通算すると6年間、転勤により片道2時間かかる職場に通いました。朝は6時に家を出て、帰宅は早くても夜8時。地方都市なので帰りの通勤列車は3本しかなく、少し残業すると帰宅は夜10時。その次の列車だと真夜中を過ぎてしまいます。

最初の転勤は、子どもが小1~小4の4年間でした。小学校の低学年は下校時刻が早いし、夏休みなど長期休暇もあります。その一方で身体は発達途上なのにイタズラ盛り。そんな時期に平日はほぼ終日、翻訳業のかたわら私が一人で家事と子育てをこなしました。

次の転勤は高2~高3の2年間。この時は週4日の弁当作りが加わったものの、高校生なので、はるかに楽でした。ただ、冬は積雪や道路凍結のために自転車で通えない日も多く、そんな日は妻を駅へ、子どもを学校や塾へと車で送り迎えしているうちに1日が過ぎてしまいます。

こんな状況なので、この6年間は翻訳業がかなり中途半端になりました。締め切りと品質を守ろうとすると、依頼を断わらざるをえないケースが増えたのです。特に、集中的な作業が数カ月間にわたって続く出版翻訳は、一部を除いて断るほかありませんでした。せっかく依頼があっても引き受けられないもどかしさ。一度断ると次からは声がかかりにくいことも分かっているので、「何のために会社を辞めたのか?」という後悔に似た思いが頭をもたげることもありました。

でも、きつかったのは私だけではありません。妻だって、体力的にきついのはもちろん、出勤時も帰宅時も幼い子どもは布団の中というような日が続くのですから、精神的にもかなり参っていました。

理想と現実のギャップを前にして

もともとは、夫婦のキャリアも家族の暮らしも大切にするつもりでスタートした生活でした。しかし、ここまで書いてきたように、二人の仕事と家事・子育てという3つの要素が思いどおりにうまくかみ合って回る時期もあれば、バランスが崩れてしまう時期もありました。その日その日の家事・子育てを誰が担うのか、ひいては、どちらの仕事を優先するのかを迫られるような状況に陥り、体力的にも精神的にもギリギリで切り抜ける場面もありました。

このように順調な時もそうでない時もある中で、翻訳業と家事・子育てを両立させるために常に心がけていたことが3つあります。第1は、翻訳に当てる時間を少しでも多く確保すること。第2は、確保した時間を、品質と納期を守るために有効に使うこと。そして第3は、家事・子育てを分担する上で、公平感を保ちつつ、トラブル等に臨機応変に対処できるようにすることでした。

***

上に挙げた3つのうち、次回はまず、翻訳の時間を確保するために特に力を入れたスケジュール管理を取り上げます。

鈴木泰雄


京都大学文学部卒業。MBA(ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院)。大手飲料メーカーにて海外展開事業等のキャリアを積んだ後、翻訳者として独立。家事・育児と両立しながら、企業・官公庁・国際機関向けの実務翻訳のほか、「ハーバード・ビジネス・レビュー」「ナショナルジオグラフィック(WEB版)」をはじめとしたビジネスやノンフィクション分野の雑誌・書籍の翻訳を幅広く手掛けてきた。鳥取県在住。

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