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2015.11.02

通訳

第11回:「どんなお気持ちでしたか?」 ~How did you feel? What did you think? しか出てこないもどかしさ。

第11回:「どんなお気持ちでしたか?」 ~How did you feel? What did you think? しか出てこないもどかしさ。

今年の秋も日本では、2人の日本人のノーベル賞受賞に沸きましたが、その一方で、NHK多重放送の裏側では、同時通訳者が奮闘していました。

NHKでは、土日をのぞいて毎日19:00から19:30と、21:00から22:00の夜の日本語ニュース番組を、日本に住む外国人に情報を提供する目的で、同時に英語で放送しています。ほとんどのニュースは、日本語の原稿をもとに、英語に翻訳というよりは、英語ニュースとして書きなおし、ネイティブスピーカーのreaderと呼ばれる人たちが、日本語の放送に合わせて読み上げています。これは、日本語と英語のニュースの書き方が大きく異なることから、また、できるだけ正確な情報をわかりやすく伝えるためです。しかし、現場の記者とのやりとりや、ゲストとのインタビュー等、翻訳ができない、あるいは間にあわない部分は、同時通訳者がその場で通訳をしています。

ノーベル賞の発表は、だいたいが日本時間の18:45ころからです。19:00からの日英両語によるニュースが始まる直前です。ということは、ニュースセンターでは、日本語の原稿は書きあがっても、英語の翻訳が間にあわない時間帯で、日本人の受賞ともなると、19:00のスタートとほぼ同時に、同時通訳者の出番となります。その日待機している通訳者には、一方で、「日本人の受賞が決まってほしい」と思いながら、他方では、「私が入っている今日は決まらないでほしい」という、正直複雑な気持ちで、万が一の準備をする筆者のような通訳者もいます。何しろ最近日本人の受賞が続いている物理学や化学の分野は、難しい内容ばかりですから。

今年、筆者がちょうど担当したのは、物理学賞が決まる日でした。北里大学の大村智特別栄誉教授のノーベル医学賞受賞が決まった翌日でしたから、「2日続いての日本人の受賞はないんじゃない」という、同僚の軽いことばに、少し期待しながら、何人もの候補者の背景や業績を調べていました。(そうなのです。日本では今やノーベル賞の候補となる方がたくさんいるのですよ!嬉しいことですが、毎年この時期は、悩ましい時期でもあります。)

かすかな不謹慎な期待を抱きつつ、(つまり、今日は、同僚のことばが当ってほしいと思いながら)、スタジオに持ち込んだ自分のiPadで、18:45から始まるというノーベル賞の発表記者会見のサイトにつなぎ、会場の様子を見つめます。登場したのは3人の人物。着席すると中央に座った人物が、私には理解できない言語で話し始めました。スウェーデン語です。その後で英語の発言があるはずだと待っていると、予想通り。“Welcome to the Royal Swedish Academy of Sciences. It’s time to announce this year’s Nobel Prize in Physics. ....” と続きました。中央の人物が、自分はノーベルアカデミーの事務局長であること、同伴の2人は、物理学賞選考委員会委員長と委員であることを紹介しました。授賞発表の記者会見の段取りについて説明が続く中、通訳者の緊張は高まります。

“This year’s prize is about changes or identity among some of the most abundant inhabitants in the universe.” 「えっ、宇宙にもっとも多く住む者?何それ?」と思いながら、必死でメモを取りますが、またスウェーデン語です。番組スタートの19:00は刻々と近づいています。しかし、わからないスウェーデン語に交じって出て来た”Nobel.....physic... Takaaki Kajita... Authur B. McDonald“は、はっきり聞取れました。さあ大変、放送開始まで残り数分、必死にその後の選考委員による授賞理由に耳を傾けます。

そして、いよいよ本番。19:00のニュースはもちろん、21:00のニュースも大半が「日本人がノーベル物理学賞受賞!」のニュース。その日の番組は半分以上が同時通訳で続きました。ご本人の記者会見、ご家族へのインタビューも入りました。

そんなインタビューで必ず出てくる、通訳しにくい質問があります。最初にこのニュースを聞いた時、「どんなお気持ちでしたか」という質問です。そんな時に浮かんでくる英訳は、What did you think about it? とかHow did you feel? というような表現です。でもこれじゃ、どっか違うんです。「でも何て言ったらいいんだろう。」というのが悩みでした。To think という語は、意識的な知的な活動を表現しているように思いますが、何かあった時に、とっさに、或いは、無意識に起こる日本語での「気持ち」は、「非随意的な心の働き」ですから、thinkじゃおかしいし、feel(感覚を表わす語)でも悪くはないのかもしれませんが、もうちょっとしっくりくる訳はないものかと思っていました。

こうした感情や思いの表現や、何でもない日常使われる日本語表現が、特に、英語にするのは難しいなあと感じることが少なくありません。そうした英語の表現は、実は、普段よく私たちが触れている表現でもあるのですが、英語を聞いたり読んだりしている時は、意味がわかってしまって、あまり気にとめない場合が少なくありません。つまり、オリジナルのせっかくの表現が記憶として残らないのです。ありがたいことに最近では様々な場面で英語に接する機会が増えています。それをぼんやりと聞き流しているのは、もったいないことです。積極的にメンタルノートを取り(意識して聞き取り)、実際にメモに書き残すことで、使い勝手のいい英語表現を、「聞いてわかる表現の箱」から「使える表現の箱」に移すことが可能です。

どんな気持ち? 」の英語表現は、ある時、英語のニュースを日本語に訳している時に出くわしました。What went through your mind?  あるいは、What was going through your mind? という表現です。この日の同通でも役に立ち、「うふふ」という感じでした。

最後に、「こんな時にはこんな言い方をするのかぁ」と気づいて、最近私がメモしたいくつかの表現をご紹介しましょう。まず、日本語訳をリストします。英語ではどんな表現だったのかなと、ちょっと考えてみてから、最後のメモをご覧ください。

  1. ハムレットじゃないんですから、あれこれ迷ってばかりいられません。
  2. 「済みませーーーん!」(携帯電話をオフにするかサイレントモードにしろと言った司会者の携帯がインタビューの途中で鳴ってしまった時の司会者のことば)
  3. 高齢者はどうしていいかわかりません。
  4. 若い方々に(聴衆として)来てもらえるのは嬉しいですね。
  5. みなさんの決意が非常に固いということだと思います。

元の英語表現:

  1. It demonstrates great commitment on your part.
  2. We are not Hamlets. We cannot just brood over problems.
  3. I’m so embarrassed!
  4. Older people feel very lost. (Old peopleではなく、olderであることにも注目)
  5. It’s great to have a younger audience with us.(youngでなくyoungerなのも面白い)
石黒弓美子


会議通訳・NHK放送通訳者
USC(南カリフォルニア大学)米語音声学特別講座終了。UCLA(カリフォルニア大学ロサンジェルス校)言語学科卒業。ISS同時通訳コース卒業。國學院大學修士号取得(宗教学)。NHK-Gmedia国際研修室講師・コーディネーター。東京外国語大学等で非常勤講師。発音矯正にも力を入れつつ通訳者の養成に携わる。共著:『放送通訳の世界』(アルク)、『改訂新版通訳教本 英語通訳への道』(大修館書店)、『英語リスニング・クリニック』『最強の英語リスニング・ドリル』『英語スピーキング・クリニック』(以上 研究社)など

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