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実務翻訳のあれこれ

2010.08.02

翻訳

第20回:点について、いくつかの点から

点(読点)の打ち方というのは、スクールでもよく質問されるものの、答えに詰まる分野のひとつです。

日本語には点の打ち方に関する細かいルールがないことも点に関する考察の難しさを助長しています。
上の文章は、まったく、点を、打ちませんでしたが、点は、多すぎても、読みにくいです。

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いきなり卑近な例で恐縮ですが、うちの小2男子の学校の宿題に、
「点をうって、いみのちがう文をつくりましょう」というものがありました。

①ぼくはしっている。

②わたしはいしゃにいく。

これらは、点の問題というよりも漢字の問題という気もしますが(笑)、語句さらには概念の切れ目を示すのは、点の持つ重要な役割のひとつです。


例えば、点をまったく打たないと、次のような文章は非常にわかりづらくなります。


③成功するインターネットマーケティングの戦略企業はユーザの行動を追跡し数値化してその結果をもとに各ユーザ集団ごとに戦略をカスタマイズしなければならない。


漢字で書いてもなお分からない例です(笑)。実務翻訳でよく出てくる種類の文でもあります。
どこで点を打つのが適切でしょうか?

実務翻訳者としては、ひとつひとつの出来事をイメージして、出来事のかたまりごとに点を打つと、だいぶ整理されるように思います。

③訂正例


インターネットマーケティング戦略の効果を上げたい企業は、ユーザの行動を追跡した上でそれを数値化し、その数値をもとに、ユーザ集団に合わせて戦略をカスタマイズすることが必要だ。


この訂正を施すにあたっては、以下のような「出来事の順番」をイメージしています。

「インターネットマーケティング戦略の効果を上げたい」

そのためには

「ユーザの行動を追跡する」

そして

「行動を数値化する」

そして

「数値をもとにカスタマイズした戦略を立てる必要がある」

出来事を整理した後、出来事のかたまりを作るつもりで点を打っていくと、分かりやすい訳になるような気がします。

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本多勝一『日本語の文章技術』(朝日新聞社、1982)には、点の打ち方によって修飾関係が変わり、ひいては文の意味が変わってしまう例が挙げられています。
有名な例で、今さらという感じがなくもないですが、ここに紹介してみます。


④彼は血まみれになりながら逃げる泥棒を追いかけた。


・・・何やらものものしい例文です。

それはさておき、これだと「血まみれにな」ったのが彼なのか泥棒なのか、分かりません。

「彼は、」とすれば、泥棒が血まみれになり、「、逃げる」とすれば彼が血まみれになります。


この種のミスは、翻訳された文章でもしばしば見られます。


⑤先日ヨーロッパ旅行から戻ってきた友人の母親


これでは、ヨーロッパ旅行から戻ってきたのが友人なのか、母親なのか、はっきりしません。

、、、、、、、、

私が最近、興味をもって観察しているのは、書き言葉の点と話し言葉の点は違うということです。

話し言葉では、大事なことを言おうとしたり、相手の注意を引いたりしたいとき、大事な言葉の直前で一瞬「ため」を作ります。
「ため」は「間(ま)」と言い換えることもできます。

「ため」に従って点を打つと、重要な表現の、直前に点を打つことになります。

↑「直前」を強調するために「表現の、」で点を打ちました。
声に出してみると、ここに一呼吸、間を置くことがわかると思います。


一方、書き言葉はもっと視覚的なものなので、意味のかたまりごとに点を打つほうがまとまって見えるのです。
上の例でも、目で追うと「重要な表現の、直前に」という点は邪魔に感じるはずです。
意味的につながっている語句の間にあえて挟まれたこうした点は、書き言葉ではどちらかというと理解を妨げてしまうのです。

このような「ため」の点は、話し言葉の仕事をしている人の文章に見られる(教師など)というのが私の観察ですが、最近はメールを通じて話し言葉を書く機会が増えたため、かなり一般的に見られるように思います。
口語的な文章では問題なく理解できるのですが、翻訳となると違和感が感じられることが多いように思います。


契約書から例文を引いてみます。


⑥支店長は、取引先の信用状態につき、変化があるときは、直ちにリスクマネジメント部長に報告する。


やたらとブチブチ切れている文です。

「、変化があるときは」の点が、典型的な「ため」の点です。

「信用状態につき変化がある」は概念的にはひとかたまりなので、書き言葉では点は不要です。
おそらく、この書き手は「変化」という言葉に注目を集めたかったがために、つい点を打ってしまったのでしょう。
しかし、この点があることで、かえって分かりにくくなっています。


なお、「支店長は」の後の点は唐突なようですが、これは必要なものです。
法令文書では、主語の直後には点を打つように決まっているからです。詳細はこちら

英文契約書などでも、これに準じて点を打つことが多いようです。


⑥訂正例


支店長は、取引先の信用状態に変化があるときは、直ちにリスクマネジメント部長に報告する。


こちらの方が読んで分かりやすいのではないでしょうか。
話し言葉の点と、書き言葉の点は違うのです。

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⑥の訂正例でお気づきの方もいるかもしれませんが、この訂正では、点を削除しただけでなく、細かい助詞を少し変えています。

どうやら、分かりやすい点を打とうと思うと、単に点のあるなしではなく、点の直前直後の表現も変えないといけないようです。

先ほどの③の例を、もう一度挙げてみます。


③効果的なインターネットマーケティングの戦略のために企業はユーザの行動を追跡し数値化してその結果をもとにユーザ集団にあわせてカスタマイズした戦略を立てなければならない。

インターネットマーケティング戦略の効果を上げたい企業は、ユーザの行動を追跡した上でそれを数値化し、その数値をもとにユーザ集団にあわせて戦略をカスタマイズする必要がある。


ここでは、点の打ち方を変える以上に、細かい部分にいろいろと手を加えています。
「効果的」の出し方を変えたり、trackとmeasureがきれいに並ぶようにandの訳をふくらませたり、
語と語の小さなつながりを微調整しています。
これらを逐一説明すると話が非常に細かくなるので止めますが、点の効果的な打ち方とこうした細部の微調整は、実は密接に関わっています。

あるいは、


⑤先日ヨーロッパ旅行から戻ってきた友人の母親


も、いざ直そうと思うと、とても難しいことに気がつきます。

ヨーロッパ旅行から戻ってきたのが母親なら、
「先日ヨーロッパ旅行から戻ってきた、友人の母親」
とすればOKです。こちらはさほど難しくありません。

しかし、ヨーロッパ旅行から戻ってきたのが友人なら、
「先日ある友人がヨーロッパ旅行から戻ってきたのだが、その母親が…」
などと、かなり語順を入れ替える必要があります。

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今回、点の打ち方について、もっと大きな野望(?!)を持って書き始めたのですが、考えているうちにどの点の打ち方が正しいのかだんだん分からなくなってきて、断念せざるを得ませんでした。
深く考え始めるとかえって分からなくなる、それが点の打ち方かもしれません。

成田あゆみ


1970年東京生まれ。英日翻訳者、英語講師。5~9歳までブルガリア在住。一橋大大学院中退後、アイ・エス・エス通訳研修センター(現アイ・エス・エス・インスティテュート)翻訳コース本科、社内翻訳者を経て、現在はフリーランス翻訳者。英日実務翻訳、特に研修マニュアル、PR関係、契約書、論文、プレスリリース等を主な分野とする。また、アイ・エス・エス・インスティテュートおよび大学受験予備校で講師を務める。

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