和田泰治のプロの視点『読書三到~或る通訳者の本棚』
2026.06.03
通訳
第9回 『英語対訳で読む日本のことわざ』(実業之日本社)『日英比較ことわざ事典』(創元社)
目次
アイ・エス・エス・インスティテュート 英語通訳者養成コース講師 和田泰治
格言・ことわざ:異なる言語間のコミュニケーション感覚を身に着けるツール
これまでの連載では、異なる言語間のコミュニケーションの感覚を身に着けるうえでのツールとしてイディオム(慣用句)、オノマトペ、格言・ことわざ(諺)があると述べてきたが、前々回、前回はイディオム(慣用句)とオノマトペについてお話した。今回は格言・ことわざ(諺)に関する書籍をご紹介しよう。
英語の学習における格言・ことわざ(諺)の位置づけ、重要性はイディオムやオノマトペと共通する。それぞれの言語の背後にある歴史や文化、思想、生活習慣など多様な要素から派生する表現を深く理解する礎になる。単に古くからの言い習わしや、英語では聖書からの引用、日本語では中国の故事に由来するものなど多彩な出典を知るだけでも新たな教養の糧となる。
格言・ことわざは通訳現場でどのように使われるか
その一方で、通訳現場では格言・ことわざはどのように使われるのだろうか。イディオムとは違って、格言やことわざが直接スピーチの中に登場する機会はそれほど多くはないし、仮にことわざが使われたとしても、そのことわざが持つ意味を理解していれば、必ずしもそれに見合う別の言語のことわざや格言に置き換える必要はない。例えばスピーカーが何かの拍子に「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」と言ったとしよう。調べればこれに近いニュアンスの慣用的表現として”To hate the ground he (or she) treads on”などがあることがわかる。しかし、要は意味が伝わればよいので、場合によってはむしろ日本語のことわざの意味を説明したほうが聴き手には親切ということも多い。だから突然ことわざが出てきても焦ることはないのだが、時にそうもいかないことがある。
スピーチの中でことわざを使ったあとで、わざわざ「これは日本のことわざなので、通訳できないと思いますが」とか、「通訳者の方には申しわけないのですが・・・」とか、中には「これは通訳できていないと思いますが、どうですか、同時通訳を聴いている皆さん、ちゃんと理解できてますか?」などという御仁がいらっしゃる。こうなると、「日本語ではこれこれという言い方をすることわざがありまして、これを類似の英語のことわざで言えばしかじかに相当します」という説明をせざるを得なくなる。ということで、日本人がよく使うことわざについてはそれに相当する英語の格言などを覚えておいたほうがよい。「釈迦に説法」(これが最頻出のような気がする)とか、「弘法も筆の誤り」とか、「覆水盆に返らず」とか「泣きっ面に蜂」など代表的なものだけでも頭に入れておきたい。
『英語対訳で読む日本のことわざ』オリジナルの意味も英語で説明
さて、ことわざに関する書籍は山のように出版されているが、今回は掲題の二冊をご紹介する。
『英語対訳で読む日本のことわざ』の特徴は日本語のことわざのオリジナルの意味も英語で説明されているところだ。例えば「長いものには巻かれよ」については以下のように説明されている。
“It is smart to be rolled by something long which is beyond your power, without considering various measures in one way or another”
そして、これに相当する英語の慣用的な格言が以下のように紹介される。
“If the master says the crow is white, the servant must not say it is black” 先ほども述べた通り、ことわざがスピーチで使われた場合の最も丁寧な通訳は、オリジナルの言語の直訳的な説明をすると同時にそれに相当する英語のことわざや格言も付け加えることである。本書はオリジナルの日本語の説明の参考にすることができる。
『日英比較ことわざ事典』豊富な格言・ことわざを収録
もう一冊の『日英比較ことわざ事典』は、オリジナルの日本語のことわざが五十音順に掲載されている文字通りの事典形式の書籍だが、見出し語の数が非常に多い。通読してみたところ相当数の日本語のことわざや格言が初めて目にするものばかりだった。あらためて自らの寡聞浅学ぶりには恥じ入るばかりである。
英語のことわざについては類似表現の記載や出典の解説もされておりわかりやすい。
英語(外国語)起源の格言・名言・ことわざ:おすすめ書籍3選
因みにこの二冊はいずれも日本語の格言・ことわざを起点に外国の類似表現を解説したものだが、英語(外国語)起源の格言・名言・ことわざを解説した書籍も知見を広げてくれる貴重な情報源となる。以下、筆者所蔵の書籍からいくつかご紹介しておきたい。
●『オックスフォード英語ことわざ・名言辞典』(柊風舎)
約1200項目の英語のことわざ・名言を収録した、本格的な英語諺辞典であるオックスフォード大学出版局編集による”Oxford Dictionary of Proverbs”の日本語編集・翻訳版である。語源・初出・時代背景・実際の英語用例が詳しく解説されており、ことわざ・名言の背景知識を学習するには最も役立つ一冊である。
●『ビジネスで使える英語のことわざ・名言』(IBCパブリッシング)
英語のことわざ・名言を日英対訳で学べる教養・英語学習書で、実際のビジネスコミュニケーションで使いやすい英語表現として、ことわざや格言を紹介している。成功、友情、人間理解、助言、人生訓などのテーマ別に構成されており読みやすい編集になっている。英語圏の人々が日常や仕事で好んで引用する表現が厳選されているので、まずは手始めにという方にお薦めできる。
●『Bartlett’s Familiar Quotations』
英語の名言・文学作品・演説・聖書・哲学・政治・詩などから、有名な一節を集め、その何万という出典を整理した「引用の百科事典」ともいえるもので、「主題別」ではなく「著者別」に配列されている。20世紀以降の出典は文学だけでなく、政治家、映画、スポーツ、ポップカルチャーの言葉まで収録している。出典はアルファベット順ではなく、人物の生年順に並べられているところも特徴的だが、別に人物別、キーワード別の索引も用意されているので様々な読み方、利用法が可能である。
膨大な格言やことわざの世界には独自の深遠さがある。通訳現場で役に立つかどうかということから離れても教養の源泉となる大いに学習意義のある分野だ。あらためて困知勉行の覚悟である。 今回はここまで。ごきげんよう。
参考文献:
牧野高吉 (2017) 『日英の発想の違いが面白い!英語対訳で読む日本のことわざ』実業之日本社
山本忠尚 監修、創元社編集部 編(2007)『新版 日英比較ことわざ事典』創元社
ジェニファー・スピーク 編、沢田治美 監訳、赤羽美鳥・杉山正二 訳(2017)『オックスフォード 英語ことわざ・名言事典』 柊風舎
レベッカ・ミルナー 著、ジェームス・M・バーダマン 解説、宇野洋子 訳(2016)『ビジネスで使える英語のことわざ・名言100』IBCパブリッシング
John Bartlett, Geoffrey O’Brien (2012) Bartlett’s Familiar Quotations. Little, Brown and Company

英日通訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 東京校英語通訳コース講師。明治大学文学部卒業後、旅行会社、 マーケティングリサーチ会社、広告会社での勤務を経て1995年よりプロ通訳者として稼働開始。 スポーツメーカー、通信システムインテグレーター、保険会社などで社内通訳者として勤務後、現在はフリーランスの通訳者として活躍中。
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