1. ホーム
  2. コラム
  3. 新着コラム
  4. 第4回:『英語で経済・政治・社会を討論する技術と表現』(植田一三・上田敏子 著)ベレ出版

読書三到~或る通訳者の本棚

2025.08.05

通訳

第4回:『英語で経済・政治・社会を討論する技術と表現』(植田一三・上田敏子 著)ベレ出版

第4回:『英語で経済・政治・社会を討論する技術と表現』(植田一三・上田敏子 著)ベレ出版

皆さんこんにちは。今回は前回に続き「時事英語」を学習するための書籍をもう一冊ご紹介しよう。

本書『英語で経済・政治・社会を討論する技術と表現』は、時事問題の課題を題材にした英語表現を通じて、高度なスピーキング力とディスカッション力を養成する実践書として編集されているが、全体の構成が非常にユニークである。通訳学習者の観点からみてみると、単なる語彙や構文の習得を超えて、「文脈を読み取る力」「話者の意図を把握する力」「即時に英語で言い換える力」などを鍛えるよう工夫されているという点で有用な一冊である。

まず特徴的なのが、扱うトピックの時事性と多様性だ。政治、経済、国際問題、科学技術、外交、安全保障、社会問題、教育、環境など、広範なテーマが取り上げられておりコンテンツが豊富である。各ユニットの構成も多彩で「テーマ解説」「論点整理」「立場別の主張(PROS/CONS)」「語彙・表現集」などで構成されており、背景知識と語彙力を同時に養えるよう設計されている。

特に通訳学習者にとっても役に立ちそうなのが、「立場別の主張の対比(PROS/CONS)」という切り口に沿い、多様な観点から解説されている語彙・表現とその解説である。多くの具体的なテーマについて、肯定・否定両面の対称的な視点から論理的に主張を組み立てるための英語表現が多数掲載されている。これは、通訳者の素養として必要となる「多角的視点の把握」に直結するコンテンツと言えよう。

通訳は単に異言語間における言葉の置き替えではなく、発言の意図や含意を汲み取り、その意味を別の言語で再構成する作業であるため、このような知的背景知識は不可欠だ。音声教材が付属しているので通訳を想定した学習方法を工夫することも可能だ。堅い、専門的な用語を平易な英語で表現する「Borderless Englishで言うとこうなる」のセクションも各分野毎に設けられているが、これもユニークな構成と言えるだろう。

総じて本書は「通訳学習者が時事的内容を英語で即応的に処理する力」を養うための教材として極めて実践的であり、ボキャブラリー強化、即時言い換え、論理構成、視点切替、背景知識習得の全てをバランスよく学習できる。通訳の基礎を超えて、発信力を伴う一段高いレベルを目指すための足場となり得る好著だと思う。

ついでにもう一点申し述べておきたいことがある。
実は、本書は初版が2013年であり、既に10年以上が経過している。時事問題の学習には鮮度が重要だということは前回も述べた通りである。常に最新の情報に接しながら継続的に知識ベースをアップデートすることが不可欠であることは言うまでもない。
それでは10年以上も古い本書のコンテンツが役に立たないかというと意外なことに全くそんなことはない。テクノロジーを除けばどの分野の解説も、キーワードも、驚くほどに2025年の現在でも違和感がないのである。

10年昔から同じ問題が同じように議論され、結局解決されていないお陰だと言えば皮肉に過ぎるであろうか。財政、年金、環境、エネルギー、国際紛争・・・・どれをとっても「10年前にはそんな問題もあったなぁ。この本はもう古いな」と思えるものは皆無だ。むしろ10年前と違うところがあるとすれば、それは、各々の問題の深刻度と複雑性がさらに悪化したことだろう。

余談ではあるが、さらに40年以上遡る。私が大学の部活でディベートに傾倒していた1980年代初頭、その年の最も社会的に旬なトピックがディベートのテーマ(Proposition)として課されるのだが、私が大学の4年間でディベートを経験したpropositionsはと言うと、『原子力発電とエネルギー政策』、『選挙制度改革』、『財政再建と税制改革』、『食料政策』、『年金・高齢者福祉制度改革』、『環境政策』・・・・である。それぞれ、原子力発電の危険性と代替エネルギーの可用性、比例代表制導入、財政規律と消費税導入、食料自給率の向上や米の減反政策、年金制度再建と高齢者福祉政策など・・・・・当時四苦八苦して作った討論のシナリオ(Argument)は40有余年を経た今日でもまだそっくりそのまま使えそうである。

何十年も変わらぬ課題と新しい知見。
時事英語習得の極意は不易流行に有りということか。

今回はここまで。ごきげんよう。

参考文献:
植田一三、上田敏子(2013)『英語で経済・政治・社会を討論する技術と表現』 ベレ出版

和田泰治


英日通訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 東京校英語通訳コース講師。明治大学文学部卒業後、旅行会社、 マーケティングリサーチ会社、広告会社での勤務を経て1995年よりプロ通訳者として稼働開始。 スポーツメーカー、通信システムインテグレーター、保険会社などで社内通訳者として勤務後、現在はフリーランスの通訳者として活躍中。

この記事をシェアしませんか?

背景画像
背景画像

CONTACT

通訳、会議・イベント運営、
翻訳、人材派遣/紹介、
法人向け通訳・翻訳研修などに関するご相談は、
こちらからお気軽にお問い合わせください。
お見積りも無料で承ります。