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通訳現場探訪

2024.12.02

通訳

第14回:通訳者とAIツール(後編)

通訳者とAIツールの後編です。

②自動翻訳

自動翻訳は利用率が高く、お伺いしたほぼ全員が何らかのかたちで利用しているとの回答でした。具体的にはDeepLかGoogle翻訳のどちらか、あるいは両方という方が多数派でしたが、DeepLには無償版と有償版があり、無償版は利用できる文字数やファイル数に上限があります。有償版は月極で契約できるので、繁忙期のみ有償版を使うという方もいました。今回の調査では有償版の利用者のほうが多かったのですが、これには「有償版でないとセキュリティが心配だ」との声が多数ありました。このあたりは各サービスの規約を法的に精査しないと結論は出ないと思いますが、より慎重な方が多いということでしょう。

Google翻訳のほうの利用頻度が高いという方の意見には、DeepLのように翻訳不能と判断した箇所を飛ばしてしまうことが少ない」、「訳出されるフレーズや語順に違いがあり、DeepLよりもGoogle翻訳の訳出のほうが同時通訳の際にスピーカーの発言とシンクロしやすい」、「Power Pointなどの元のフォーマットに忠実なレイアウトで出力されるので見やすい」との意見がありました。こうしたところは、実際に両ツールのアルゴリズムの違いや翻訳例を多数解析してみないとわかりませんが、確かに両者の訳出にはそれぞれの特徴があるようです。

それでは、先日就任した石破茂首相の記者会見での発言の一部を例にとって実際に両ツールを使って翻訳してみましょう。原文は以下の通りです。

「私が、長い間、政治家として大切にしてまいりましたのは、国民の皆様方の「納得と共感」ということであります。これもいつも申し上げていることでありますが、国民の皆様方に対して、勇気と真心を持って真実を語る。それが政治の役割だというふうに私は40年近く信じてまいりました。謙虚で、誠実で、温かい政治を行ってまいります。この内閣での基本方針は、「守る」ということであります。5つの「守る」ということを実行いたしてまいります」

それでは機械翻訳してみましょう。

<Google翻訳>
As a politician, I have long held dear the "understanding and sympathy" of the people. This is something I have always said, but speaking the truth to the people with courage and sincerity is what I have believed for nearly 40 years that this is the role of politics. I will conduct politics that is humble, honest and warm.
The basic policy of this Cabinet is "protection." I will put into practice five "protections."

<DeepL>
What I have long valued as a politician is the “conviction and empathy” of the people. I have always said this, but I believe that the role of politics is to speak the truth to the people with courage and sincerity. For nearly 40 years, I have believed that this is the role of politics. I will conduct politics with humility, sincerity, and warmth.
The basic policy of this Cabinet is to “protect,” and we will carry out the five “protections.

続いて英日の翻訳も比較してみましょう。こちらはオバマ大統領の就任演説の冒頭部分です。

THE PRESIDENT: Vice President Biden, Mr. Chief Justice,
members of the United States Congress, distinguished guests, and fellow citizens:
Each time we gather to inaugurate a President we bear witness to the enduring strength of our Constitution. We affirm the promise of our democracy. We recall that what binds this nation together is not the colors of our skin or the tenets of our faith or the origins of our names. What makes us exceptional -- what makes us American -- is our allegiance to an idea articulated in a declaration made more than two centuries ago:
“We hold these truths to be self-evident, that all men are created equal; that they are endowed by their Creator with certain unalienable rights; that among these are life, liberty, and the pursuit of happiness.”

それでは機械翻訳してみます。

<Google翻訳>
大統領: バイデン副大統領、最高裁判所長官、
米国議会議員、来賓の皆様、そして国民の皆様:
大統領就任式に集まるたびに、私たちは憲法の揺るぎない強さを目の当たりにします。私たちは民主主義の約束を肯定します。この国を結びつけているのは肌の色でも、信仰の信条でも、名前の由来でもないことを思い出します。私たちを特別なものにしているのは、つまり私たちをアメリカ人にしているのは、2 世紀以上前になされた宣言で表明された理念への忠誠心です。
「私たちは、すべての人間は平等に創られ、創造主から一定の奪うことのできない権利を授けられ、その中には生命、自由、幸福の追求が含まれるという真実を自明であると信じています。」

<DeepL>
大統領:バイデン副大統領、裁判長、
合衆国議会の議員の皆さん、来賓の皆さん、そして市民の皆さん:
大統領就任式に集まるたびに、私たちは憲法の不朽の強さを目の当たりにします。 私たちは民主主義の約束を確認します。 私たちは、この国を結びつけるものは、肌の色でも、信仰の信条でも、名前の由来でもないことを思い起こす。 私たちを特別な存在にするもの、すなわち私たちをアメリカ人たらしめるものは、2世紀以上前の宣言に明確に示された思想への忠誠である:
「われらは、これらの真理を自明のものとする。すなわち、すべての人は平等に造られ、創造主によって特定の譲ることのできない権利を与えられている。

如何でしょうか。実際にはこの訳出文を通訳者自身があらためて精読し、原文の意味を汲んでしっかり校正をしたうえで最終的な通訳原稿を作成してゆきます。同時通訳の場合は講演者の話すペースやリズム、口の動きや体の動きとも極力シンクロさせる必要がありますので、かなり言葉数を削らなければならないこともありますし、日本語訳の場合は敬語、敬称などの点で日本語の言い回しや言葉の修正が必要なこともかなりあります。特定分野での専門用語や表現を使ったほうが自然な場合はその差し替えも必要です。AIが固有名詞を判別できないとおかしな訳になる場合もあり、これも要注意です・・・・・ということでかなり手間はかかるものの、ボリュームのある原稿の時にはやはりゼロから翻訳をするよりも相当の時短になることは間違いありませんし、「なるほどこういう言い回しもあるのか」と勉強になることもしばしばあります。翻訳に関しては、他にもノートアプリGoodnotesのAI機能を利用しているという方もいらっしゃいました。いずれにしても機械翻訳の訳文をそのまま読めば良いということはほとんどありませんが、準備段階での効率化には大きく役立っているということのようです。

③音声データの文字起こし

こちらも利用率はかなり高いようです。使用頻度の高いツールはOtterでしたが、マイクロソフトOffice365で利用できるWordのディクテーション機能を使っているという方もいらっしゃいました。因みに筆者もWordのディクテーション機能は時々利用しています。

通訳業務の中には、事前に録画、録音されたプレゼンテーションや講演の音声データを現場で同時通訳したり、スタジオで録音するという案件があります。音声が事前に入手できる場合、通訳のための読み原稿を作成し、音声や動画に合わせて読み合わせの練習をしたうえで現場に入るというのが通常の手順ではありますが、この音声から通訳原稿を作成するのは大変手間がかかります。音声を聴いては少しずつ翻訳して入力し、また音声を巻き戻し・・・という繰り返しは時に気が遠くなるような作業にもなりかねません。

これが音声ではなくテキスト化されていれば音声の再生を操作することなく翻訳が進められます。通訳エージェントによっては音声ファイルを事前にテキスト起こしして音声とセットで準備してくれるところもあります。
精度については機械翻訳と同様に、元のスピーカーの音声次第というところがあり、音声として分かり辛いものは正確に文字起こしがされないこともあります。また専門用語や固有名詞なども違う言葉と認識されたためにチンプンカンプンな文章として書き起こされてしまうこともよくあります。

この他にも、ブラウザに”YouTube & Article Summary powered by ChatGPT”という拡張機能を追加してYouTubeの動画コンテンツの文字起こしや要約をすることもできるそうです。今度筆者も試してみたいと思います。

***

以上、今回は通訳者の皆さんが利用しているAIツールをテーマに通訳者の方々にお話を伺い、その内容をまとめてみました。
ChatGPT、自動翻訳、音声のテキスト起こしの3つは比較的よく利用されているようです。自動翻訳と音声のテキスト起こしについては、使い方によって準備の効率が相当改善する一方で、まだまだ人間である通訳者が手を入れて修正する必要があるようです。
逆説的に考えれば、こうして通訳者が手直し、修正する余地がある限り、人間の通訳者に完全にとって替わる「AI通訳者」の登場にはもう少し時間がかかるのではないかと思います。

いつになるかはわかりませんが、どんなに聴き取り辛いスピーカーの音声をも寸分違わず聴き取り、如何なる分野の理論や専門用語も専門家と同様の深度で理解し、単に表層的に言葉を転換するのではなくコンテンツを理解しその意味を正確に伝える通訳を、時には認知言語学的な要素も踏まえた表現、話術で完璧にこなしてくれる(しかもスピーカーと同じ声、同じ話し方で)・・・・・・・・そんな「AI通訳者」を目にする日がくるのではないでしょうか。

さて、この連載は今回が最終回です。毎回数多くの通訳者の皆様に貴重な情報をお寄せ頂きましたことを、あらためて御礼申し上げます。皆さん大変ご多忙のなか心よくご協力頂きまして感謝の念に耐えません。また、毎回本連載をお読み頂きました読者の皆様にも心より感謝しております。本連載が通訳を目指して勉強されていらっしゃる方、通訳の仕事を始めたばかりの方、そんな皆さんにほんの少しでもお役に立てたのであれば幸いです。
本当にどうもありがとうございました。

和田泰治先生への質問

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和田泰治


英日通訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 東京校英語通訳コース講師。明治大学文学部卒業後、旅行会社、 マーケティングリサーチ会社、広告会社での勤務を経て1995年よりプロ通訳者として稼働開始。 スポーツメーカー、通信システムインテグレーター、保険会社などで社内通訳者として勤務後、現在はフリーランスの通訳者として活躍中。

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