ISSライブラリー ~講師が贈る今月の一冊~
2021.05.11
スキルアップ
第59回:宮坂聖一先生(英語翻訳)
先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー。
プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
-------------------------------------------------------------------
今月は、英語翻訳者養成コース講師、宮坂聖一先生がご紹介する『2』(野崎まど著, メディアワークス文庫, 2014年)です。
-------------------------------------------------------------------
英語が好きで音楽が好きだった。うちは貧乏だったんだが、中学に入るにあたり、ラジオ講座をやるということで、安いラジオ付きカセット・プレイヤーを買ってもらった。それでFEN(Far East Network、現在のAFRTS、駐米軍放送局)の「Opinion」(大丈夫だ、何を言っているのかは一言も分からなかった)とか、Charlie Tunaの番組('16年に亡くなったそうだ、合掌)なんかをとりあえず流していて、(英語の真面目な番組の方ではなく)イージー・リスニングとかポップスとかに関心を持つようになった。最初に買った(買ってもらった)LPは、ソニーの通販で売っていた映画音楽大全集だったが、その頃からストリングスが大好きで、それが高じてメロトロン(楽器の名前、どういうものかは検索すること)にはまり、洋楽にはまり、プログレにはまりという転落の道を歩んだわけだ。(また当時はFMでLPまるごと放送などというのもあって、ずいぶんエアチェックしたものである。後年、RETURN TO FOREVERの「Romantic Warrior」やWEATHER REPORTの「Heavy Weather」を聴いてフュージョン(当時の呼び名はクロスオーバー)にドハマリしたのもそのおかげである。)
大学では英語を専攻し(といっても、「宮坂、お前の英語は絶望だ」と先輩から宣言されるほどできなかった)、それでも一応留学して(でもやってたのはフランス語)、帰国してから(実際の実力にかかわらず)当時はまだ英語ができるというだけで就職に有利だったメーカーに入ることができた。そこで海外関係の仕事をしていて、英語や技術の実務を学ぶことができたが、いろいろあって鬱になり、会社をやめて、縁があって実務翻訳という仕事(いや、他に翻訳学校講師とか音楽評論家とかもあるんだけどさ)をやるようになった。
ここで問題です。そうするとどういう悲劇が待っているでしょうか。
答え:趣味が仕事になったため、心から楽しめなくなる。
もともとペーパーバックでミステリーを読むのが好きだった。だが、翻訳が仕事になってから、PBを読んでいると、頭の中で翻訳を始めちゃうんだわ。どうしても、この文章はどう訳そうかとか、この単語どういう意味だったっけとか考えてしまう。こうして大好きな英語での読書は仕事脳に侵略されてしまった。(ちなみに英語の番組を見ていると通訳モード(いや、別に同通ができるわけじゃないんだが)になったりする。)
ちなみに音楽の方は評論家の仕事を始めた時点で、こちらも純粋に楽しめなくなった。聴いている曲のレビューを始めちゃうんだな、頭が。「〜年に結成されたXXは、もともとはYYの影響下に合ったが…」みたいな。だからこの仕事をやめるまで、唯一絶対に仕事が来ないと確信が持てるジャンルがア・イ・ド・ル。なので、Hello! Project(ハロプロ)のDVDやらBlu-rayを見ているときだけは心から楽しめる。ちなみに好きなのは佐藤優樹ちゃん(まーちゃん)。(あとほのぴとか、ももひめとか、やふぞうとか、りんちゃんとか、わかなちゃんとか…DDなので。)
話を読書に戻すと、専門書とかノンフィクション系については、日本語でも基本的に英訳し始めてしまうという問題を抱えてしまった。要するに仕事に関係する(あるいはその可能性がちょっとでもある)場合には、機械的に翻訳を始めてしまう。はて、困った。では絶対に仕事に関わることのない書籍の分野は何なのだ? そんなものがあるのか? (ちなみに昔、マンガ関係の英訳とかゲームの英訳もやっていたことがあるので、そっちもあかん。)
いや、あった。
ラノベである。
考えずに読めて、絶対仕事になる心配もない。ここでようやく本題に入る。もともと学生の頃に新井素子とか氷室冴子とかを読んでいた(いや、クラッシャー・ジョーとかダーティ・ペアだって読んでたぞ)という素地はあったことは認めよう。そして久しぶりに読んだのは『涼宮ハルヒの憂鬱』だが、このジャンルに再びはまるきっかけになったのは、成田良悟のバッカーノ・シリーズ。以降、多分千冊のオーダーでラノベを読んできたと思うが、本当に脱帽した作品というのは数少なく、その一つが今回とりあげる『2』である。これは
『[映] アムリタ』
『舞面真面とお面の女』
『死なない生徒殺人事件 ~識別組子とさまよえる不死~』
『小説家の作り方』
『パーフェクトフレンド』
『2』
で構成されるシリーズだが、個々の作品はそれぞれ独立した内容となっている。ただし『[映] アムリタ』を最初に、『2』を最後に読んでほしい。約束だよ。それぞれは青春ものだったり、吸血鬼ものだったり、読んでいるとお互いに何の関わりもないように思えるのだが、これが『2』で収束する。すべての伏線が回収され、最後の一行に結実する。これ以上はネタバレになるので、とにかく6冊すべて(できれば刊行順で)読んでいただきたいのだが、もちろん過去の作品からの影響はあるにせよ、物語の魅力がここまで詰まっている作品はあまり読んだことがない。今は電子書籍にもなっているので、入手も簡単だと思う。ライトノベルはいま最も創造的な分野の一つだろうと個人的に考えている。(もちろん駄作も山程だが。)野崎まどを読んだ、そこの君かあなた。
ラノベの沼へようこそ!
-------------------------------------------------------------------
宮坂 聖一(みやさか せいいち)
株式会社ハマーン・テクノロジー代表取締役。コンピュータマニュアル、A/V機器などのテクニカルなものから、政治経済、映画台本、歌詞対訳まで、硬軟問わず幅広く手がける。アイ・エス・エス・インスティテュートでは、英語翻訳者養成コース、総合翻訳科「実践実務科」クラスを担当。
-------------------------------------------------------------------

この記事をシェアしませんか?
