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背中を押し続けてくれた 継続は力なり!

2015.06.01

通訳

第6回:順送りの情報処理 Slash reading

第6回:順送りの情報処理 Slash reading

仕事の合間に、ある大学で通訳のクラスを教えていますが、「英文和訳」が未だに健在であることに驚くことがあります。「英文和訳」とは、英文がまるで漢文ででもあるかのように、文を読みながら、前後に行ったり来たりしながら、後ろから前へと語句をひっくり返して訳していく方式です。受験の時にさんざん苦労した覚えがありませんか。

例えば、以下の文。まず、英文和訳に必要な意味の塊(句)毎にスラッシュ(/)を入れてみます。(//)は文の終わりを示します。

①My parents and/② other apple farmers/③ in the region/④ used to use/⑤ a lot of chemical substances/⑥ to grow their produce: /⑦pesticides and fertilizers. //

これを英文和訳すると次のようになるでしょう。

「①私の両親と③その地域の②他のリンゴ農家の人たちは、⑥作物をつくるのに⑦農薬や人工肥料のような⑤たくさんの化学薬品を④かつては使いました。」

つまり、私たちの目は ①→③→②→⑥→⑦→⑤→④という具合にあっちに行ったり、こっちに行ったりとめまぐるしく動かなくてはなりません。これでは、速やかに理解が成立するわけがありません。ましてや、これがスピーチであった場合、こんな芸当は誰にもできません。文字で見ている場合は行ったり来たりも可能ですが、音声による発話は一瞬にして消えさり、当然のことながら、行ったり来たりすることが不可能だからです。

このことから、情報を出て来た順に前から理解することができるようにならなければ、通訳ができるようにはならないということがわかります。このことを「順送りの情報処理」とよんでいます。私が担当する大学や通訳学校のクラスでは、基礎訓練の一つとして、順送りの情報処理を練習しています。この訓練は、意味の塊毎に文中にスラッシュを入れ、前から訳出していくことから、スラッシュ・リーディングとも呼ばれています。

スラッシュ・リーディングは、スラッシュ・リスニングにつながります。つまり、英語を音声で聞きながら、少しずつ区切って止め、その部分を速やかに日本語に訳出していくという訓練です。最初は意味の理解を重視し、訳出した日本語が多少不自然でも構いません。慣れてきたら、わかりやすさや日本語らしさにも気をつけて訳をつけていきます。

こうした練習は、ある程度の長さの発話を止めずに聞いて速やかに理解するlistening comprehensionと逐次通訳へとつながり、更にはもちろん、スピーチ全体を全く止めずに通訳する同時通訳へとつながっていきます。この訓練は、通訳を目指す人にはもちろん、「英語の話は短ければついて行けるんだけど、ちょっと長くなると途中からついて行けなくなってしまう」という悩みを持っている人にも有効です。そういう人は、話を聞きながら、頭の中で順送りの情報処理と理解が速やかにできていないからです。

では、スラッシュ・リーディングのコツを見て行きましょう。スラッシュの入れ方に厳格な規則はありません。意味の塊で区切りますが、これ以上区切ったら意味の塊が壊れるという区切り方はしないというのがルールです。例えば、“in the region”は、“in the” と”region”に区切ってはなりません。それ以外のことは、わりと自由に考えてスラッシュを入れて良いのです。だいたいは、自分の目で簡単にひとくくりにして理解できる長さで区切ると良いでしょう。そのルールに従って、先の文にスラッシュを入れ直します。

My parents /and other apple farmers /in the region/ used to use a lot of chemical substances/ to grow their produce:/ pesticides and fertilizers. //

これを、前後の句を行ったり来たりせず、前から順に理解を成立させて訳出します。

「私の両親と他のリンゴ農家の人たちは、その地域では、かつてたくさんの化学薬品を使っていました。作物の生産にです。農薬と人工肥料です。」

練習を重ねると、だんだんと語の意味を置き換えるだけでなく、文全体についての理解力が増し、より自然な日本語への訳出もできるようになります。次のように。

「うちの両親も他のリンゴ農家の人たちも、その地域では、かつてはかなりの化学薬品を使って作物を生産していました。農薬や人工肥料です。」

では、この文の続きにスラッシュをいれ、順送りの理解と訳出の練習をしてみましょう。

But when my mother got really sick from those chemicals, my father began to experiment with ways to grow apples without using chemicals. It took him a long time, but after years of trial and error, he developed his own way of growing high quality apples organically.

例えば、こんなスラッシュと訳出が可能です。

But when my mother got really sick /from those chemicals,/ my father/ began to experiment with ways to grow apples /without using chemicals. //It took him a long time, / but after years of trial and error,/ he developed his own way /of growing high quality apples /organically.//

「けれども母がひどい病気になりました。化学薬品のせいでです。それで父は、いろいろなリンゴの育て方を試し始めました。農薬を使わずに。時間がかかりましたが、何年もの試行錯誤の末、自分なりの方法を生み出しました。質の高いリンゴの育て方です。有機的な方法です。」

こうして見ると、whenは、必ずしも「~した時」ではなく、fromは「~から」でもなく、waysのsは「いろいろな」にもなり得ることもわかるでしょう。単語に引きずられず全体の意味の理解が深まることで、通訳の日本語表現も豊かに自由になっていきます

*文の出典:新崎隆子・石黒弓美子「英語スピーキング・クリニック」(研究社、2013)、p18.

石黒弓美子


会議通訳・NHK放送通訳者
USC(南カリフォルニア大学)米語音声学特別講座終了。UCLA(カリフォルニア大学ロサンジェルス校)言語学科卒業。ISS同時通訳コース卒業。國學院大學修士号取得(宗教学)。NHK-Gmedia国際研修室講師・コーディネーター。東京外国語大学等で非常勤講師。発音矯正にも力を入れつつ通訳者の養成に携わる。共著:『放送通訳の世界』(アルク)、『改訂新版通訳教本 英語通訳への道』(大修館書店)、『英語リスニング・クリニック』『最強の英語リスニング・ドリル』『英語スピーキング・クリニック』(以上 研究社)など

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