ISSライブラリー ~講師が贈る今月の一冊~
2017.08.02
翻訳
スキルアップ
第16回:塚崎正子先生(英語翻訳)
先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー。
プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
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今月の一冊は、英語翻訳者養成コース講師、塚崎正子先生ご紹介の『新 英和活用大辞典』(勝俣銓吉郎編、研究社、1939年)、『新編 英和活用大辞典』(市川繁治郎他編、研究社、1995年)です。
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これは辞書ですが、私にとっては英語の道を志すターニングポイントとなった思い出深い「本」です。思い入れの深さから、担当しているレギュラーコースや短期コースの初回オリエンテーション時に、いつも熱く語ってしまいます。
この「本」との出会いは衝撃的でした。英語に興味を持ち始めた高校生の頃、自宅の書棚の片隅で見つけた、かび臭く、角がすり切れた分厚い辞書。中身を見ると、見慣れた日本語表記とは明らかに違う、「てふてふ」なんていう表記も!? そうです、旧仮名遣いで書かれていたのです(ちなみに、「てふてふ」は「ちょうちょう(蝶々)」のことです)。それ以上に不思議だったのは、ページをめくると短い例文だらけで、普通の辞書と比べて訳語があまり記載されていません。使い方すら分かりませんでした。
その辞書とは、1939年(昭和14年)、勝俣銓吉郎編集のもと出版された『新 英和活用大辞典』でした。一般の辞書とは少し異なり、名詞を中心としたコロケーション(連語)が紹介されています。例えば、「…に関する報告書を提出する」の英文を、report(名詞)を使って書きたいとします。この辞書でreportを引くと、reportを目的語とする動詞や、reportの後ろに続く前置詞が列挙されています。日本人が英訳をするときに、非常に助けとなる辞書です。
勝俣氏の優れたところは、コロケーションやコーパスなどという概念がまだない頃に、英語にはお互いに仲の良い単語があるということに気がつき、膨大な数の英文を収集し、それを整理してまとめ上げたこと。その収録用例数は実に20万!データが電子化された1995年版の『新編 英和活用大辞典』(市川繁治郎他編)が38万であることを考えると、これがどれほどの数かは想像できるかと思います。ましてや、コンピュータもインターネットもGoogleもない時代です。アナログでの作業は非常に時間がかかり、根気のいる作業だったと思います。
この古い辞書を見ていると、用例を通して当時の人の息吹が聞こえてくるような感じがします。また、編者はどういう考えのもとに、収録する用例を取捨選択したのだろうかと、想像するのも楽しいです。しかし、現実には言葉は生きています。新しい表現が生まれる一方で、廃れてしまった表現もあるでしょう。事実、新編になった段階で、当初の用例の半数以上が削除されたと聞いています。さらに言えば、新編ですら20年以上前ですから、時代遅れなところもあるでしょう。ただ、当時の編集者たちが注ぎ込んだ情熱は、決してあせることはないでしょう。
『新 英和活用大辞典』は、翻訳の仕事を始めた頃、私をいつも助けてくれた辞書ですが、それ以上に、私に強烈なパワーを持って「英語の単語」に対する興味をわき起こさせてくれた大切な一冊の「本」でもあります。
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塚崎 正子(つかさき まさこ)
お茶の水女子大学文教育学部外国文学科英文学(当時)卒業。電気メーカーに入社後、フリーランス翻訳者となる。移動体通信、コンピュータ、医用機器を中心とした分野に関する各種マニュアル、学術論文、契約書などの英日/日英翻訳を手がける。アイ・エス・エス・インスティテュートでは総合翻訳科・基礎科1&2レベルを担当。
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研究社新英和活用大辞典 (1958年)
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研究社辞書部
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(1958)
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