ISSライブラリー ~講師が贈る今月の一冊~
2020.12.02
スキルアップ
第54回:小林久美子先生(英語翻訳)
先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー。
プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
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今月は、英語翻訳者養成コース講師、小林久美子先生がご紹介する「感染症の日本史」(磯田道史著, 文春新書, 2020年)です。
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皆さん、こんにちは。
あと1か月余りで、2020年が終わります。今年はまさに“脅威の年”として歴史上に残るでしょう。新型コロナウイルス感染症の発生・蔓延により、私たちの心身、仕事、そして生活環境等が、この9か月間日々不安と危険にさらされてきました。目下、第3波の襲来で、世界でも日本でも、感染者が急増し予断を許さない状況に在ります。誰もが不自由な生活を強いられています。
さて、日頃は、専ら自分の専門分野の雑誌やニュース記事を読むことに追われ、史実書や歴史小説を読むことはめったにない私ですが、このコロナ禍で友人に勧められて読み、今回この欄で皆さんにお勧めの本は、磯田道史著の「感染症の日本史」(文春新書)です。
著者は、古文書や歴史学の研究者です。テレビ番組にも出演し、視聴者から人気を得ている著者に対し、私は、「ちょっと時流にのりすぎているのでは、、、」といった印象を持っています。ですが、歴史研究家としての幅広い知識、情報収集力、そして鋭い洞察力は、卓越しています。この本では、日本・日本国民を襲った主たる感染症に関する史実が、平坦な言葉で、ストーリーとスピード感をもって語られています。
この9か月間、新型コロナウイルスの感染状況や予防ワクチンに関するニュース、出来事、そして政府や自治体のガイドライン等が毎日時々刻々と報じられています。長期間にわたる多量な情報の理解と対応に、私たちの心と体は疲労してきています。その一方で、感染症パンデミックに対して、柔軟性と持久力をもって前向きに対応する必要性も体験してきています。
著者はそんな現状を敏感に捉え、コロナ感染症と比較・関連付けられるような史実や国・庶民の行動やエピソードを盛り込み、読者の興味をひきます。特に、私が感銘したのは、著者が、「感染症の歴史には、患者側からの個人の証言が重要だ」という視点に立ち、患者としての個々が記した日記や書簡に焦点を当て、その内容を丹念に追い、個人のライフストーリーを通して当時の感染症の実態を描写している点です。現在及び将来の読者に有益で教訓となる「感染症に関する歴史書としての価値」をしっかり見据えて書いています。歴史研究家としての視点は「さすが」だと思います。
史実文献や歴史書には、専門用語やわかりにくい言葉を連ねた書物もありますが、この本では、読者に語りかけるようなわかりやすい言葉で、史実ストーリーが展開されています。特に私が興味をそそられた箇所は、飛鳥時代に聖徳太子とその皇族一族が天然痘とみられる疫病で死に、その後の日本文化・庶民の生活に、「疫病神」「厄病除け」といった概念が生まれ、医学の発展とともに、疫病予防・対策が発達していく一連の史実です。また、大正期に内閣総理大臣となった原敬が記した「原敬日記」の内容を丹念に追い、スペイン風邪に罹った原敬の病状や感染病蔓延渦中での原敬や当時の大物閣僚らの政治的動きを克明に記した箇所は、非常に面白かったです。
この小さな日本国と国民が、世界で猛威を振るった天然痘やスペイン風邪のパンデミックを乗り越え、今日まで絶滅せず生き延びてきたその逞しさと知恵を改めて、感慨深くうけとめました。ぜひ読んでみてください。
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小林 久美子(こばやし くみこ)
ニューヨーク大学大学院(スターン・スクール)修了。外資系金融機関にて、シニアマネージャーとして人事、財務、オペレーション、およびM&A等の仕事に携わる。翻訳者として独立した後は、経験を生かして、株式会社翻訳センターの専属翻訳者として金融・IR分野の翻訳案件を担当している。アイ・エス・エス・インスティテュートでは金融・IR翻訳クラスを担当。
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