LEARN & PERFORM! 翻訳道(みち)へようこそ
2025.05.01
翻訳
第41回 Broad Subject:「主語がデカい」をどう表す?
対極的な翻訳と通訳ガイド
4月は桜とともに訪日観光も真っ盛り。通訳ガイドとしても働く私は、日中はガイド、夜は翻訳、という日々が続きました。
英語を使うという共通点はあるものの、対極的なこの2つ。読み書きの翻訳に対し、聞く話すの通訳ガイド。求められる能力はまったく違います。働き方も、部屋でひとり黙々とこなす翻訳と、いろいろな場所を歩きながら数人あるいは数十人と絶えず会話する通訳ガイドでは、正反対です。
ですから、得意なほうだけに集中するのも手ですし、そのほうが効率的と言えるかもしれません。しかしながら私の場合は、両方やることによって、それぞれの満たされない部分が補完されるように感じています。少なくとも、一日の歩数は数百歩から多い日で1万歩以上に増え、不足が解消されました!
そして、この2つを掛け持つことには、一定の相乗効果もあると考えています。
ガイドの仕事にあたっては、説明のためにできるだけ準備します。時には地図、(著作権フリーの)写真やイラストのようなビジュアルエイドも用意し、スクリプトを作ります。
ネット検索やAIを使えばさまざまな情報が得られる時代に、少なくないお金を払ってガイドを雇ったゲストに対して、それに見合うだけのサービス、雇ってよかったと思ってもらえるようなサービスを提供したいと思うからです。
そのスクリプト作成に、翻訳力が役立っています。その日に訪れる観光名所や日本の文化などについて、何をどう説明するか考えた上で、正しい英語、オーディエンスに適したレベル(ゲストは英語ネイティブだけではありません)の英語、そして翻訳でいつも心掛ける「イメージの伝わる英語」にしていきます。
作成して終わり、というわけではありません。中には、プリントアウトしたスクリプトを持ち込んで、バス車内で読み上げるガイドさんもいらっしゃるようですが、私にはできません。逆の立場だった場合、自分がそれをやられたとして、内容が頭に入る、ましてや心に刺さるとは思えないからです。国会答弁という悪いお手本を見れば、一目瞭然ではないでしょうか。
あまり流ちょうでなくても、多少つっかえても、伝えたいという気持ちを持ちながら、相手の目を見て話すようにしています。ただ、シートベルトをしながら大勢のゲストに対してそれをするのは、なかなか難しいのですが。
そのためには、作ったスクリプトを繰り返し暗唱する必要があります。ある先輩ガイドは「50回は暗唱しなさい」とおっしゃっていました。まだその域には達していないものの、「思い出しながらしゃべってる」感なく話せるように、10回は繰り返します。
そして、話す内容を考える際は、翻訳の場合と同じく「AIとの差別化」を意識します。データやファクトを伝えるだけなら、「ガイドを雇わなくてもChatGPTに聞けば済んだ」と思われるかもしれません。
たとえば、自分自身の個人的ストーリーを多用します。どこの、どんな家に住んでいて、何年間の住宅ローンを何パーセントで組んで、家族構成はどんな感じで、生活費や医療費や学費にどれぐらいかけているか(お金の話が多いですね笑)。「身を削った」ガイディングと言えるかもしれません。
ガイディングから翻訳へのフィードバック
最近試してみて、なかなかの反応だったのが、「はやりの日本語表現」についての説明です。たとえば「主語がデカい」という表現について、こんな話をしてみました。
I said, "We love natto," but someone might say, "That subject is too large." It’s a phrase that's become popular here especially online. By “subject,” I mean the grammatical subject, like “we”. For example, a Japanese friend of mine who hates natto would say, "Don't include me in that 'we'!"
そして、こんな表現はあるかと問い掛けると、paint it with a broad brushという言い方をすると、ひとりのゲストが教えてくれました。too much stereotypingも、英語での一般的表現でしょうか。
これを試したことで、学んだことがあります。それを翻訳に生かすことが、ガイディングから翻訳へのフィードバックとなります。
まず、このような流行表現を訳す際は、いきなり「英語ネイティブにとってnaturalでcommon」な表現ではなく、まずは直訳した上で、意味を紐解いていくプロセスを踏むことになります。「主語がデカい」という表現は、日本語でもnaturalでもcommonでもないわけですから、まずはその違和感を覚えてもらう必要があるからです。
ただし、その「直訳」の中で、そもそもの表現による違和感から、翻訳による違和感を取り除く必要があります。たとえば上の例で、largeではなく、broadとするべきだというご指摘をゲストから受けました。「デカい」をlargeに置き換えるのではなく、その部分は英語でイメージしやすいbroadにしたほうがベターということです。
ただ、The subject is too large. だけでは意味が変わってしまう(「テーマが広すぎる」になってしまう)ので、「文法上のsubject」という2文目の説明が必要になります。
翻訳とは違って、反応がすぐに返ってくるのがガイディングです。その反応が正しいとは限りませんが、いろいろな表現を積極的に試して、ゲストからのフィードバックを翻訳向上に役立てたいと思っています。

慶応義塾大学商学部卒業。フリーランス翻訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 英語翻訳コース講師。 経済・金融とスポーツを中心に活躍中。金融・経済では、各業界の証券銘柄レポート、投資情報サイト、金融雑誌やマーケティング資料、 IRなどの翻訳に長年携わっている。スポーツは特にサッカーが得意分野。さらに、映画・ドラマ、ドキュメンタリーなどの映像コンテンツ、 出版へと翻訳分野の垣根を超えてマルチに対応力を発揮。また、通訳ガイドも守備範囲。家族4人と1匹のワンちゃんを支える大黒柱としてのプロ翻訳者生活は既に20年以上。
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