村瀬隆宗のプロの視点『LEARN & PERFORM! 翻訳道(みち)へようこそ』
2026.10.01
翻訳
第58回 AI washing:「粉飾」の系譜
目次
アイ・エス・エス・インスティテュート 英語翻訳者養成コース講師 村瀬隆宗
置換による造語
言葉の一部を入れ替えて新語が生まれるという現象は、日本語でもよく見られます。例えば「~ハラ」。「セクハラ」に始まり「パワハラ」、「カスハラ」、「アルハラ」など。「~活」もそうですね。「就活」から「婚活」、「終活」、「推し活」などなど。
自分で作ってしまってもいいですよね。相手に通じさえすれば。最近ガーデニング好きの私としては「庭活」(と思ったらとっくに使われていました)、それから、エスカレーターで片側を空けて長い列を作ることを無駄に感じてしまうので「空けハラ」を推したいと思います。
英語でも同様の語形成が行われています。以前紹介したfriendshoringもそうですが、今回はwashing系を取り上げてみます。
この系列の起源はwhitewash。16世紀頃に生まれた、石灰乳液から作る白色塗料です。一般的な塗料よりも水っぽくて質で劣るものの、壁などの補修用として安価なために普及しました。18世紀になると、これが比喩的に使われ始めます。「悪事を取り繕う」、「隠蔽」、あるいは「イメージの粉飾」のような意味です。
He is whitewashing the scandal.
(スキャンダルを隠蔽している)
whitewashからgreenwashingへ
長い時を経て、whiteを置換した新語が生まれました。環境保護が訴えられ始められた、80年代のことです。あるリゾートホテルが、「環境保護のため、複数泊でも同じタオルをご使用ください」というカードで宿泊客に協力を求めていました。一方、そのホテルは施設を拡張し、自然を破壊し続けていました。これを目にした環境活動家が使った造語。さて、何でしょう? whiteの代わりに、別の色です。
そうです、greenwashingです。グリーンアピールによる企業イメージの粉飾、「うわべだけの環境保護活動」ということですね。環境試験をクリアしているといいながら試験結果を改ざんしているケースなども、これに当たるでしょう。
さらに、bluewashingという言葉も派生しました。これは、人権問題などに取り組む「国連グローバル・コンパクト」への参画をアピールしながら、企業活動にその実態が伴っていなかったことを批判する文脈で使われています。blueは国連カラーですね。
AI washing、そしてその先は?
そして、2010年代から使われ始めたsportswashing。政府などが大規模スポーツイベントの開催をぶち上げることで、厳しい批判から逃れようとする目論見を指します。よく見かけたのは、2022年のサッカーワールドカップ・カタール大会開催後です。移民、女性、LGBTQ+の人々に対する人権を無視した扱いが明るみになり、sportswashingを狙った開催ではなかったのか、という国際的非難が集中しました。
この系譜を受けて、近年使われるようになっているのがAI washingです。どんな意味か、想像できるでしょうか。
この言葉は公的にも使用されています。2024年、投資顧問会社のデルフィアに対して、米証券取引委員会(SEC)が「実態のないAI活用をうたう誇大広告によって顧客の投資家に損害を負わせた」として罰金を科しました。このとき、AI washingという言葉が使われています。
AIパワー活用アピールによるイメージ粉飾が増えるとともに、AI washingは日常的な用語になっていきそうです。いや、逆かもしれませんね。まだ目にしたことはありませんが、human-washingという言葉が生まれて、メジャーになっていくかも。「人間洗濯」ではありません。 AI利用が当たり前になるにつれ、その弊害が強調されるにつれて、ほんとはAIを使ったのに「人手で作りました」とうたう粉飾が横行する世の中になっていくかもしれません。

慶応義塾大学商学部卒業。フリーランス翻訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 英語翻訳コース講師。 経済・金融とスポーツを中心に活躍中。金融・経済では、各業界の証券銘柄レポート、投資情報サイト、金融雑誌やマーケティング資料、 IRなどの翻訳に長年携わっている。スポーツは特にサッカーが得意分野。さらに、映画・ドラマ、ドキュメンタリーなどの映像コンテンツ、 出版へと翻訳分野の垣根を超えてマルチに対応力を発揮。また、通訳ガイドも守備範囲。家族4人と1匹のワンちゃんを支える大黒柱としてのプロ翻訳者生活は既に20年以上。
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