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ISSについて about

インタビュー第三弾

ISSグループは、おかげさまで創業50周年を迎えました

ISSまたは日本における通訳・翻訳の黎明期に活躍された方々から、ISSグループ創業50周年を記念して、当時の思い出やこの業界の現在、未来についてお話を伺い、シリーズ連載を展開しています。

第三弾は、通訳者翻訳者養成学校(アイ・エス・エス・インスティテュート)において、高品質な講義ときめ細やかな指導で受講生を養成している東京校 英語通訳者養成コース顧問の遠山 豊子先生にお話をお伺いしました。

アイ・エス・エス・インスティテュート 東京校
英語通訳者養成コース顧問

遠山 豊子先生

【Interviewer】(株)アイ・エス・エス 営業統括部 通訳グループ ディレクター 白木原 孝次

まず、はじめにご自身とISSグループとの関わりについてお聞かせください。

遠山先生

数十年前の話になりますが・・・その当時私は企業に勤めていたのですが、勤めのかたわらISSインスティテュートに受講生として通うようになりました。それがISSとの最初の出会いでした。
今では講師(顧問)として教鞭をとっていますが、実はその当時の私は「ビジネスの世界で活躍したい」という思いがありましたので、「通訳者になりたい」というよりも「通訳の勉強ってどういうものなのか。面白そうだな」という興味の方が強かったです。

当時は授業内容も厳しくて働きながらでしたから大変でしたが、元々勉強好きということもありまして楽しかったですね。講師の方々も非常に熱心に教えてくださいましたし、クラスの雰囲気も良く、充実していました。当時は今のカリキュラムと違い、学校での「通訳」の授業に加え「翻訳」のホームワークを出される講師もいらっしゃって大変勉強になりました。

ISSとの最初の出会いは受講生としてですが、その後講師として関わりをもつようになりました。いつ頃の事だったでしょうか、「通訳コースの講師をしてもらえないか」という依頼を受けまして、中級レベルから始め、その後、上級クラスとなる「同時通訳科」の講師として今日まで続けさせていただいている訳です。

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ISSの他グループ事業とも連携しながらOJT案件などで受講生の手配をされていましたね。

遠山先生

はい、上級クラスも担当するようになってからは、ISSの他グループ (国際会議、通訳、人材派遣)との連携も推進され、受講生が現場で力を身につけ、将来につなげることができるような機会、すなわちOJTが展開されるようになっていきました。特に多かったのが通訳部門関連のマーケットリサーチ(同時通訳)のOJTでした。他講師の方々にも協力していただきながら、受講生の適性や相性の組み合わせなどを考えながら手配をしていました。当時はメールもない時代で、案件が入るたびに自宅にファックスがどんどん送られてきて大変でしたが、将来への実務経験としての場をできるだけ多く提供したいという気持ちでやっていました。当時は収入源として確保できる通訳の仕事もまだ多くなかった受講生の方たちにとっても魅力的な機会だったと思います。

マーケットリサーチの案件については専用訓練を行い、当時のコンベンション事業部が同席してテストを行い選考していました。それがいわゆるレベルチェックとなり、エージェントにとっても有益なビジネススキームになっていたと思います。「国際会議」に関しましても、経験ある通訳者の配置、受講生の選定、会議内容に即した特別授業など、具体的にどう取り組んでいくかという事で何度かコンベンション事業部とミーティングをもったことを覚えています。

またこれも同時通訳科の受講生の方たちが対象でしたが、当時のISSの社長が入会していた会員制クラブでの同時通訳もOJTとして実施していました。このOJTでは授業でおこなっていた「同通サイトラ」訓練が役立ちましたね。その他にも、放送関係などいろいろなOJTがありました。中級レベルの受講生の方たちには、商談通訳の実績を身につけることができる「国際見本市」もありました。その際には語学スキルや単語表作成などの準備の仕方だけでなく、態度・服装等も細かく指導して送り出していました。OJTといえども現場に立ってプロとしての仕事をする訳ですから、それなりの厳しさも求められます。特に同時通訳の場合は、受講生をサポートするという姿勢で講師や経験のある通訳者の方々に受講生と一緒に入ってもらうという万全の体制で取り組むようにしてきました。「学びながら経験を積む」という、養成学校としてベストな環境があったと思います。

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そういったお話を伺うと、受講生が将来に向けてキャリアを積んでいくための機会を、ISS全体が一丸となって提供してきたということですね。

遠山先生

そうですね。ISSの創業者である筆谷社長も「通訳者養成」には大変熱心な方でした。いろいろお話しする機会もありましたが、何か強い使命感のようなものを持っていらっしゃったように感じました。

「一丸となって」という事では、忘れられない国際会議があります。
予算的に厳しいのでOJTでできないかという案件でした。医療系の難しい内容の会議でしたが、医療通訳専門の講師もベテラン講師も動員して学校として総力をあげて取り組みました。お陰様でこの会議はその後何度かやらせていただくことになったのですが、受講生の方々もそれこそ必死で立ち向かっていったのを覚えています。その時の受講生の方々が今、第一線で活躍しているんですよ!

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先ほどのお話ですと、元々はビジネスの世界での活躍を日指していらしたということでしたが、通訳の世界との関わりが多くなっていく中で何か変化はありましたか。

遠山先生

明確な時期は覚えていませんが、ある時期まではすべてやりました。欲張りなんでしょうか。講師、通訳・翻訳、ビジネスと「三足のワラジ」を履いていました。ですから休みなんてなくて(笑)夜遅くまで、休日も働いていました。大変でしたが今から思えば楽しかったですね。

お陰様で、人に恵まれていたということもありまして、通訳・翻訳の仕事もいろいろやらせていただきました。単に通訳するということだけでなく、国際会議を行う準備段階から参加させてもらったという事もありまして、本当に多くのことを学んだ時期でした。ある時期から三足のワラジが二足になりまして、通訳の世界との関わりを深めていくことになりました。その後、先ほどお話ししましたように現場で受講生を育てることが多くなってきまして、今につながっているわけです。

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イギリスでも教鞭をとられていらっしゃいますよね。

遠山先生

はい、そのきっかけもISSです。イギリスで事業をなさっていた方がロンドンでプロの通訳者を対象とした講習会を企画しまして、適任の講師を探していらしたんです。ISSがおこなっていた短期講習の私の授業にも参加なさっていたようで、その後講師を依頼されました。毎年短期間でしたがロンドンで教えていました。この当時の受講生の中から、今では世界を飛び回って活躍なさっている優秀な会議通訳者もいます。今でもその方とは交流を続けています。

ある日、ロンドンでの講演を依頼されたのですが、その講演会にある出版会社の方がいらしていて、帰国後、通訳に関する本の執筆依頼を受けました。これが「入門通訳を仕事にしたい人の本」の出版へとつながっていったのです。

その後、要請を受けてバース大学大学院でも8年ほど教えることになりました。大学院終了後、帰国してISSへ入学し通訳の勉強を続け、会議通訳をなさっている方もいます。当時はISSでの講師や他の仕事も続けながら、毎年イギリスに行きロンドンとバースで並行して教えていましたから忙しかったですね。

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遠山先生が「通訳者を育てる、教える」という事に傾注していくことになったのは、何かきっかけみたいなものがあったのでしょうか。

遠山先生

おそらく「教える」という事が私にあっていたのかもしれません。先ほどもお話ししましたように「教える」機会が増え、その中で「人材育成」という大きな課題に取り組むようになっていったのだと思います。教えた受講生の方たちが社会に出て、一生懸命に生き、立派に活躍している姿を見ると本当に嬉しくなり、やりがいのある仕事だと思います。ただ、それなりに責任の重さも感じています。また、私の方が受講生から教わることも沢山あります。「教えることは学ぶこと」とよく言われますが、本当にその通りだと思います。

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遠山先生のお人柄だと思いますが、「先生には叱られてもご指導いただきたい」と思っている受講生も多いようですね。「授業の質の良さ」はもちろんですが、「面倒見の良さ」をおっしゃる方が多いと聞きます。

遠山先生

有難うございます。教えるという事に関しましては常に緊張感を持って中身のある良い授業を行うよう心掛けています。面倒見が良いかどうかはわかりませんが、私の場合、受講生の方々との交流が長く継続するという事が多いですね。随分昔に教えた方々とも交流を続けています。中には学校で教えてくださっている方々もいますし、国際会議でお会いする方々もいますし、時折お手紙をくださる方もいます。毎年、多くの年賀状をいただきますが、お仕事のこと、ご家族のこと、近況報告を読むのが楽しみです。 私が教えていた時はまだ小さかったお子さんが大学生になったとか、「事業を立ち上げました。なんとか頑張っています」という方もいますし、受講生の方々の人生をずっと見てきているという感じがします。大切な財産です。

それから、昔も今も変わらないと思うのが「受講生の方々はタフである」という事です。皆さん根性ありますよ。もうすぐ子供が産まれそうな体でも「先生、大丈夫だから」と授業に出てくる人もいますし、昔の話ですが、夜のクラスを受講していた方が海外出張の帰りに成田空港から直行で大きなスーツケースを持ちながら教室に入ってきたりした事もありました。昔も今も真剣に学ぼうとする根性のある受講生が多いですから、教えるこちら側も真剣に教えなければいけないと思っています。

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ISSは50周年を迎えましたが、今までの50年を振り返ると同時に、この先の50年にはどんな姿を期待しますか。

遠山先生

まず、この50年で国際化が加速され、そのグローバル化の流れの中で「通訳ニーズの多様化」というものが見られました。

十数年前になるかと思いますが、白木原さんが人材派遣事業をご担当されていた時「ウィスパリングの即戦力を養成してほしい」という要請をされましたよね。しかも中級レベルのクラスでの習得ということでしたので、あの時は正直、困ったなと思いました。当時、クラス編成は逐次や同通のスキル別で明確にしていましたから。ウィスパリングも同時通訳の形なので、ある意味、逐次通訳に主体をおいていた中級クラスで同通を教えるという事になりますから、さあどうやって教えようかと随分考えました。ただ考えてみれば、白木原さんの要請は、「グローバル化に伴い顧客のニーズが多様化してきています。ニーズの変化に対応してください」という事だったんですね。その背景としては、外資が日本に入ってきた時代で、外国人役員向けの会議等を逐次通訳でしていたら時間がかかりすぎるという間題を抱えており、ウィスパリングでの通訳で時間短縮できないかということがあったと聞いています。顧客はどんなレベルのサービスを求めているのか、その内容をよく検証し、同時にどうやって養成していったらよいのか考えました。

通訳者を育てるということは花を育てるのと同じで中途半端な育て方をしては枯らしてしまいます。通訳の質を下げてしまうような事だけは避けなければいけないと思いましたね。「人材を正しく養成する」という事と「時代のニーズの変化に応える」というこの二つを学校という環境で実現していかなければいけないという事を再認識しました。

それからもう一つ、受講生の通訳力といいましょうか、レベルが確実に上がってきているという事もあります。私は上級クラスを担当しておりますが、受講生は、さらなるレベルアップを目指すプロの通訳者です。ですから、それなりの厳しさが求められます。当たり前のことですが、教材も含めて授業のやり方も変わってきています。これからも、学校と一緒になって受講生のキャリアアップにつながるような授業を目指していきたいと思います。

いろいろ課題もありますが、「専門性」もその一つだと思います。例えば医学などの分野は多くの経験を積んで一人前になっていく訳ですから時間がかかります。ですから、まず基礎的な力を学校で身に付けてもらうという事が必要だと思います。昔は基礎的な力を養う為に医学の教材を授業に取り入れていました。その当時の受講生で医学分野の通訳をしている方の話を聞きますと、あの当時の授業が非常に役に立ったという事です。

ISSグループの連携という点では、先ほど申し上げたようなWIN-WINの関係を再構築できたらと思います。通訳・翻訳・国際会議・人材派遣という事業ラインがありますが、そこに共通するものは「人材」です。すなわち受講生です。受講生から見れば事業ラインの垣根はありません。例えば、人材派遣に登録し派遣として通訳や翻訳の仕事をし、さらなるレベルアップを目指して学校で勉強を続けている方々も多数います。その中には正社員になる方もいますし、またフリーの通訳者になる道を選ぶ人もいます。その時は通訳グループに登録する事になります。そしてそういった方々が将来、国際会議も含め様々な分野で活躍する事になる訳です。そこには事業ラインを超えた「人材」の流れがあります。この流れをもっとスムーズなものにしていく事が必要だと思います。そのためには、部門を超えた協力、連携をもっと進めていくべきだと思います。例えば、通訳キャリアを積むための機会を幅広く提供する事も含め、部門を越えた「人材」の育成、そして情報交換の効率化といったものも必要だと思います。

それから先ほど「通訳ニーズの多様化」ということでお話ししましたが、市場や顧客のニーズの変化というものに対応していくという上で、白木原さんからありましたような要請そして情報提供といったものをこれからもお願いしたいと思います。

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―はい。今後も事業部門が顧客ニーズをいち早く把握して、学校と連携して時代のニーズにあった通訳者の育成に協力できるようにして参ります。本日はお忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。